『籠釣瓶花街酔醒』−二月大歌舞伎夜の部の感想 |
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切り狂言が『ぢいさんばあさん』だったから、後味はよいものの割りとあっさり目で終わった昼の部に比べて、夜の部は演目的にも重く、濃密な舞台空間が現出する。なかでも『籠釣瓶花街酔醒』は出演者すべてがその実力を十二分に発揮した稀にみる名舞台であり、さよなら公演のなかでも一二を争う出来になっていると思う。これは歌舞伎ファンならば絶対見逃せないと思う。 『壺坂霊験記』は、一幕三場がほぼ三津五郎と福助の二人のみの出演で、約一時間十五分も続くのは観ている方も少々つらいものがある。これは歌舞伎座のような間口が広い舞台には適していないように思える。演目としては初見であるが、あらすじはよく知られているように観世音さまの霊験で座頭の沢市の目が開くというものである。観世音には玉太郎が出演しているが、このような子役を使うのが慣例らしいとは聞いているけれども、いささか場違いのように感じられた。三津五郎は座頭の三味線も聞かせ、朴訥な人間像を的確に表現している。福助も過剰な演技はまずは影を潜め、甲斐甲斐しい世話女房ぶりが板についている。 『高坏』は、先代勘三郎から引き継がれた軽妙な舞踊。二つの狂言の間でほっと息を抜けるのはありがたい。勘三郎は自分の台詞で先に笑ってしまう癖が時々出るのは少々困ったものであるが、それを吹き飛ばすようなタップダンスを取り入れ、高下駄での巧みに拍子をとっての踊りは、彌十郎と亀蔵も加わって、底抜けに陽気である。 さて、肝心の『籠釣瓶花街酔醒』。 幕開きの吉原仲之町見染めの場は、お馴染みの仲之町の桜が満開のなか下男治六(勘太郎)を連れて吉原見物にやってきた佐野次郎左衛門が花魁道中の八ツ橋を見て腑抜けのようになり、通いつめるきっかけになる場面である。『ぢいさんばあさん』も三十七年間の桜の成長が主題を表す一つの仕掛けになっているが、『高坏』も満開の桜をあしらった松羽目もの。先代勘三郎が桜の季節に亡くなったことといい、ゆかりの演目が桜に縁があるのもつくづくついていた人で、まさに華のある役者だった先代のよき追善の狂言である。『ぢいさんばあさん』とは名刀による殺しも通底している。 勘三郎は着るものも野暮で、田舎の商人そのままであり、八ツ橋のあまりの美しさにうたれたように呆然となるさまはうまいものがある。しかも勘太郎が若さに似合わず主人思いの下男になりきっているのも驚く。この場面の圧巻は何をおいても花魁道中。七越(七之助)、九重(魁春)に続いて玉三郎の八ツ橋。玲瓏としていて光り輝くばかりの美しさには、次郎左衛門でなくとも呆然となってしまう。花道付際での有名な笑いは、自分の美しさを賞賛している男に対する吉原一の花魁としての余裕の微笑みであろう。ある意味で可愛らしいとも言えるこの狂言の大きな見所の一つ。 この後立花屋を通して八ツ橋にかよう次郎左衛門は、佐野の仲間の絹商人を連れて妓楼にあがるが、ここらあたりは現代ではもう分かりにくくなっている吉原の風俗を巧みに描いている。次郎左衛門が照れながらも、八ツ橋と良い仲になっているのを自慢するのがおかしい。我當の長兵衛、秀太郎の女房おきつはまことに申し分のない出来であり、舞台に厚みが増した。我當は膝の故障を抱えているが、それを感じさせないさりげない工夫がなされていた。 八ツ橋には間夫の浪人繁山栄之丞(仁左衛門)があり、これがまさに水もしたたるいい男である。仁左衛門が演じると、八ツ橋のヒモであっても男としての矜恃があり、権八(初役の彌十郎に花魁を食い物にするごろつきのいやらしさがある)に八ツ橋の身請話を教えられると血相を変えて飛んで行く。それがいかにも自然であるから、次の場で八ツ橋の背信を責め、そのために窮地に立たされる八ツ橋の姿はさらに続く縁切りの場が大きな見せ場となる。 玉三郎の八ツ橋は身請話がまとまる寸前の次郎左衛門に手強く縁切りをするが、これは花魁としての格の高さに対する誇りと裏腹になっている。しかし、本性では間夫を思い切れない花魁の境涯に対する深い悲哀が根底にあることを見事に表現し尽くしており、見事である。また次郎左衛門の前を逃げるように出て行く時に申し訳ないという気持ちもよく出ている。 勘三郎は得意の絶頂から愛想尽かしされるまで、人のよさを見せながら、「そりゃア、そでなかろうぜ」と恨むが、間夫ゆえの縁切りと気付いてからは哀しみを押し殺しながら悄然と廓を後にする姿には悲哀が漂う。魁春の九重は厚いいたわりの情がこもっている。この場は橘太郎らの太鼓持ち、京蔵・芝のぶの芸者、歌女之丞の遣り手など出演者の隅々まで適役が揃い、一際濃厚な場になった。鶴松の初々しい初菊も特記されるだろう。 大詰めの殺しの場は、勘三郎が狂気を孕んだ凄まじさで、まるでスローモーションのように崩おれて行く玉三郎とともに殺しの美をっぷりと見せた。 襲名後の勘三郎は実験精神旺盛ながら時として芸の粗さを感じさせたが、今回の籠釣瓶の出来で安心した。また玉三郎はさよなら公演の三ヶ月間歌右衛門の追善の気持ちをこめてゆかりの大役を演じたい、と自らののHPのコメントで語っていた通り渾身の八ツ橋であった。 繰り返しになるが、今回のような籠釣瓶は当分観ることが出来ないと思う。もし観劇予定がない方でも是非ともご覧いただきたいと強くお薦めしたい。とにかく素晴らしいの一語に尽きる。 JUGEMテーマ:エンターテイメント
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【2010. 02. 09 (火)】 author : 六条亭
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