徒然なる日々の条々を、六条亭が日記風に綴ります。本屋「六条亭雑記」もよろしく。
 
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『元禄忠臣蔵』−「江戸城の刃傷」「最後の大評定」−三月大歌舞伎の感想(その一)
真山青果の『元禄忠臣蔵』と言えば、平成18年秋の三ヶ月間にわたる国立劇場四十周年の記念公演での完全通し上演が、その高いレベルの舞台成果と相俟って、大いなる感銘ををもって記憶に残っている。だから、今回例のアンケート20選に入った演目とはいえ、二番煎じではないか?との予断を持って観劇に臨んだ。しかし、七日に昼夜通しで全六編を観劇して、それはよい方に期待が裏切られた。

新歌舞伎であるから、ほとんど柝をうたず、定式幕ではなく緞帳を使い、付け打ちなし、黒御簾なし、舞踊なし、など通常の歌舞伎公演から考えたら、ないないづくしである。それでも歌舞伎かと言えば、青果の格調高い台詞を心地よいリズムの台詞回しで役者たちが謳うように演じてゆくから、台詞自体が音楽的に聴こえる。歌舞伎役者の台詞術は他の演劇と比較しても大変高水準であることを再認識した。しかも、これはどこがどうとは言えないのであるが、歌舞伎座で演じられるとあの間口が広い舞台にもかかわらず、非常に濃密な劇空間が現出していたことは、あらためて歌舞伎座という建物自体が持つ歴史の蓄積ー名優たちの汗と涙が詰まった歴史に思いをいたす。まさにそこに歌舞伎の神様がいると言っても、あながち大袈裟ではないだろう。

さて、感想その一はまず昼の部から「江戸城の刃傷」「最後の大評定」の二篇。

「江戸城の刃傷」

国立劇場上演時と同じく、梅玉が浅野内匠頭を演じる。その愁いある気品と風情、己の宿意を持って吉良上野介に刃傷に及んだが、無念にもそれが遂げられなかったと分かると、もう何の申し開きもせず、切腹の裁断にも淡々と従う潔さがよく伝わってくる最良の内匠頭である。国立の上演では刃傷後の殿中の混乱のうちに内匠頭の好意を持つ戸沢下野守を舞台に残したまま廻っていたが、今回はそのままで押さえられた内匠頭が出てくるように演出が変更されている。青果の愛娘ですでに亡くなっている真山美保氏の演出とあるが、このような細部の変更は問題ないのであろう。今回の変更は、この場に御坊主関久和役で出演している梅之さんの梅之芝居日記に「芝居の流れが極力中断されないようにし、緊迫感が続くご工夫がなされました。」とある。

萬次郎の加藤越中守が野太い口跡で、一瞬誰であるか分からなかったほどで、大物の大名ぶりである。やはりこの人の実力はもっと評価されるべきであろう。彌十郎の多門伝八郎は、内匠頭に同情を寄せる硬骨漢で、武士としての体面を重んじるとともに、陰ながら浅野家家臣片岡源五衛門(松江)に最後の対面をさせるはからいをする役を好演していた。ほかに我當の田村右京太夫。足が悪いためか、立ったり座ったりに家来の手を借りていたのがいささか心配である。

「最後の大評定」

ここでは幸四郎の内蔵助が、籠城か、開城かで揺れ動く家臣たちのなかでじっと耐えて、上野介の生存を確かめてから仇討ちを決意する複雑な役を見事に演じきっている。この人のニンでは仮名手本忠臣蔵の由良之助ではどうしても古典歌舞伎の時代物というより、近代劇になってしまうが、その点この内蔵助は心理的な内面描写が必要であるから、はまり役である。幕切れ近くに切腹した幼友達の井関徳兵衛に「天下のご政道に反抗する気だ」と本心を明かすところは、観る方もぐっとくる。ただ、強いて欠点をあげると、この場でも少々泣き過ぎの感があって、青果の台詞に自ら酔っているような部分がなきにしもあらずである。

井関徳兵衛は歌六。この一徹ものであるがゆえにお家を退転してしまった武士の悲劇をくっきりと太い線で演じている。子息紋左衛門はその犠牲者でもあるのだが、種太郎のけなげな演技は哀れさを感じさせる。

大石の妻おりくは魁春。楷書で書いたようなおりくであるが、演技にそつはなく、女形の出演する場面は少ないから、歌女之丞とともに彩りとなっている。巳之助の内蔵助子息松之丞も夜の部と続いて演じていて、役としての成長過程も見せているのは好ましかった。

ほかに東蔵が手堅い。市蔵は堀部安兵衛にしてはいささか線が細い。

【2009. 03. 17 (火)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(4) | trackbacks(1) |
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【2017. 04. 17 (月)】 author : スポンサードリンク
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この記事に関するコメント
こんにちは
私も「元禄忠臣蔵」はこれはもう、歌舞伎である。と、しみじみ思っております。流れている空気は歌舞伎のそれです。真山青果は、「歌舞伎」を書いているという意識でお書きになったというのは、見れば分かりますね。

さてさて、どの演目も好きですが、私、「江戸城の刃傷」の片岡源五衛門がどの役者さんがやるのかと、気になってました。

国立劇場の信二郎(今は錦之助ですね)さんのあの表情には泣けて泣けて、で、今回も松江さんがまたしんみりとなさって下さいましたね、あのお役は役者さんを選ぶ(つまり、誰もができるわけでない)なあと思っています。

きっと、人それぞれ、あの段のあのお役は気になる、というのあるのでしょうね
| Sa | 2009/03/19 11:31 PM |
> Sa さま

コメントありがとうございます。

『元禄忠臣蔵』、私も歌舞伎そのものと考えるのは同じです。先年の国立劇場の通し上演は、そのことをまざまざと感じさせてくれました。

さらに今回の歌舞伎座での六篇の上演、さらに密度が濃いのですね。これはもう器の問題でしょう。歌舞伎座で上演するとどこか役者さんも力の入れ方が違うのでしょうね。

片岡源五衛門の役は、国立の時の信二郎さん(現錦之助さん)が梅玉さんの内匠頭をこれを一期の別れと必死の思いで見る表情は、おっしゃるように泣けてきました。今回の松江さんについては私は上記記事には書きませんでしたが、これまた好演でした。

『元禄忠臣蔵』、今回上演されない四篇も含めて見どころ、聞きどころの多い演目ですし、適役の役者さんをえれば、なおさら感銘深いものがあります。
| 六条亭 | 2009/03/19 11:55 PM |
2006年10〜12月の国立劇湯での10作品上演は迷った末に全部見送り、前進座の映画を観たのみで、今月の6作品の通し上演を楽しみにしていました。舞台で観たことがあるのは「御浜御殿綱豊卿」だけですから、どれも初見で新鮮でした。
ツケもなく黒御簾音楽もない芝居が歌舞伎座でかかっても、歌舞伎役者が演じることを前提にした作品は十分歌舞伎だと私も思っているので違和感は特に持ちませんでした。こういうジャンルがあるのもいいと楽しめました。
ようやく「最後の大評定」まで記事アップです。幸四郎の内蔵助が予想以上によくて嬉しい驚きでした。
夜の部は千穐楽に観ます。3人の内蔵助が楽しみです(^O^)/
| ぴかちゅう | 2009/03/24 12:58 AM |
> ぴかちゅう さま

コメントありがとうございますm(__)m。

平成18年の国立劇場の完全通し上演はご覧になっていなかったのですね。今回は六篇の上演ですが、それでも真山青果の台詞劇のエッセンスは十二分に伝わった上演でしたね。観客の入りも大変よいようで、国立の上演時と同じく男性観客の比率がいつもより高かったですね。これも忠臣蔵効果でしょうか。

この戯曲は青果が歌舞伎の上演を想定して書いたと思われる格調の高い台詞で満ち満ちていますね。ですから、新歌舞伎の範疇に入るのでしょうが、まったく違和感がありませんね。

「最後の大評定」は国立よりも若干短いようでしたが、幸四郎さんの内蔵助が適役でした。

TBをうちました。
| 六条亭 | 2009/03/24 10:10 PM |
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09/03/20 歌舞伎座の元禄忠臣蔵?「最後の大評定」
{/m_0084/} 「最後の大評定」で大石内蔵助がようやく登場。さて幸四郎の内蔵助はどんな感じだろうか? 【元禄忠臣蔵「最後の大評定(さいごのだいひょうじょう)」】 あらすじと配役は公式サイトより引用加筆。 「赤穂城明け渡しの期日が迫り、幕府に抵抗して篭城切腹する
| ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記 | 2009/03/24 10:24 PM |
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