浅井健爾「なんだこりゃ?!まだまだあるぞ『県境』&『境界線の謎』」を読む |
||
さて、そんな具合だったので、この著者の「知らなかった!驚いた!日本全国『県境』の謎」とこの続編をぱらぱらと断片的に拾い読みした。日本の県境が明治維新政府が主権確立のための手段として断行した廃藩置県に端を発し、行政区分として決められた境界線であるのだが、目に見えない一本の線は、山や湖、川などの地形、そして文化や生活圏をもとに引かれている。このため大袈裟に言えば、その境界線に住む人たちの人生を大きく左右することもありうる。 したがって、まだまだ日本全国で多くの境界未確定地があるとともに、確定した境界線にもさまざまな歴史があることが分かる。とりわけ島崎藤村の生まれ故郷である旧長野県山口村が岐阜県中津川市に県境を越えて合併を実現したしたことは、平成の大合併が後押ししたとは言え、歴史と生活圏の産物である。 私が住む東京都町田市も2つばかり話題にあがっている。 (1)神奈川県との県境を流れる境川の問題 境川は武蔵の国と相模の国の境を流れるので文字とおり県境の境をなす川である。しかし、この川以前は相当な暴れ川だったようで、頻繁に堤を破って洪水があった。その後の河川の改修で蛇行を直線にしたりして水が出ることはまったくなくなったが、そこで起きている問題は東京都と神奈川県の県境である。蛇行した部分が改修されたお陰で、以前の川の流れによって決まっていた県境が川の左右でおかしなことになってきたわけである。つまり地図で見ると川の流れと県境が一致しなくなっている。川の右岸の東京側に神奈川県の飛地が、左岸に東京都の飛地が発生しているのである。 境川は遊歩道として整備されているので、周辺を歩くとよく分かるのであるが、川が蛇行している近辺には元の流域跡がだいたい残っており、その住居表示を見ると東京都町田市のなかに神奈川県相模原市があったりするのである。もちろんその逆もある。この問題は両市で話し合いを進めて順次県境を川の流れにあわせようとする努力はされているようであるが、現に居住している方々がいる以上、住民感情の問題もあり、一朝一夕には進展しないようである。 (2)町田市と川崎市飛地と大学 元々町田市は神奈川県のなかに垂れ下がったような形で市域が出来ているので、北東側も神奈川県横浜市と川崎市に境を接している。しかも川崎市自体が麻生区岡上という飛地であることが境界をさらに複雑化している。その典型が町田市にある和光大学と玉川学園の二つの大学であり、いずれも町田市と川崎市にまたがっている。しかも、玉川学園は横浜市にも校舎があるというまさに境界線にたつ大学である。 JUGEMテーマ:読書 |
||
【2009. 11. 25 (水)】 author : 六条亭
|
||






![プロフェッショナル 仕事の流儀 妥協なき日々に、美は宿る 歌舞伎役者 坂東玉三郎の仕事 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41n%2BP-1aJSL._SL160_.jpg)







