徒然なる日々の条々を、六条亭が日記風に綴ります。本屋「六条亭雑記」もよろしく。
 
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【2017. 04. 17 (月)】 author : スポンサードリンク
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京妙、京蔵、京紫が明かした「京屋の秘密」トークレポ
平成28年2月27日(土) 歌舞伎座ギャラリーで開催(19時〜20時30分)

幸いチケットが確保できましたので、「京屋の秘密」トークに参加してきました。

初の試みである座談会形式のトークは戸部氏の飾り気のない司会進行で、京妙、京蔵、京紫の三人のお弟子の口から四代目雀右衛門の役者としての魅力、後見や舞台袖など舞台裏や楽屋でのありのままの姿が語られ、エピソード豊富なまことに内容の濃いトークでした。以下は当日のトークについて、主に2月28日に連続してツイートしたものをベースに誤りを直し、加筆修正してまとめたものです。

(1)入門の経緯。京妙「叔母が歌舞伎好きで観劇に連れて行ってもらっていました。肉眼ではじめて雀右衛門の舞台を観たのは昭和39年の四代目襲名披露『妹背山婦女庭訓』のお三輪です。華のある牡丹のような女形でしたから、憧れました。美的感覚にすぐれた人で、頭(鬘)も自分たちは良いと思っても師匠がダメ出しをして直してもらうとさらによくなるのです」

(2)京蔵「祖母が歌舞伎好きでしたから、抱き子の時から歌舞伎へ連れて行ってもらいました。師匠の舞台は襲名の前年『生きている小平次』、襲名では『金閣寺』雪姫を観ました。女形になりたいとは漠然と考えていましたが、思春期の頃(京蔵さんの表現はもっと生々しかったですが^^;)、師匠の女形に他の方にない何とも言えない色気を感じ、迷いなく女形の道へ進みました」

(3)京紫「九州出身なので歌舞伎は年一回巡業しか観ることができませんでしたが、踊りは習っていました。高一の時巡業で『男女道成寺』『弁慶上使』を観て、おわさには震えるほど感動し師匠の名前が刻印されました。国立の研修生を卒業すると一年間フリーで舞台に立つのですが、なかなかお声がかかりませんでした。ようやく京屋に入門が決まり、ご挨拶に伺った時師匠は真っ赤なブルゾンを着て色黒だったので、楚々とした舞台とあまりに違うことに驚きました」

(4)京妙「師匠の教えはとにかく大事に芝居をしろということでした。たとえ通行人の役でもです。顔も綺麗に作り、小道具も綺麗に扱えと言われました。一流のものを勉強しろと食事に連れて行ってもらったりしました。京妙になって初の勉強会で『野崎村』お染をやった時、お嬢様の役だから駅からでもタクシーを使いなさいとタクシー代をくれました」京蔵「へぇ〜」

(5)勘定奉行のCMについて、京蔵「アルバイトのつもりではじめてもう19年になりましたから、そろそろ終わりでしょう。『盛綱陣屋』盛綱の拵えは、家紋がOBCになっているので、今度よくご覧になってください。師匠からはまだやっているのか、いい加減にしろと呆れられました」京妙「俳優祭でもやってますから、本役ですよ」との言葉に京蔵さんは大いに照れていました。

(6)後見の失敗談、京紫「『小猿七之助』の滝川で師匠に仕掛け草履を履かせるところを部屋草履のまま出してしまったことがあります。気が付いた時は舞台の高い所に登っていてどうにもならず、ただ平謝りでした。周囲の幹部役者が大変でしたねと言っているのに師匠は笑って応えるのみで、後でボソッと天ぷらそば頼んどけの一言でした」

(7)京蔵「『金閣寺』雪姫を縛る仕掛け縄が切れる失敗を二度もやって師匠に頭ごなしに怒らた。今度の五代目襲名では仕掛けにはしないつもり。81歳で演じた時屋台から跳んだ(落ちた)ことがあります。実は二日○○だったんですよ(笑)。幸いどこも怪我はありませんでした。お酒は強かったです。晴海通りの真ん中で寝てしまい、往生したことがあります」

(8)京紫「お酒は60の手習で、相手を潰す飲ませ上手でした。召集でラバウルに行っていたので暑さには強く、夏に日向ぼっこしていました。逆に冬に弱く、よく鼻風邪をひいていました」京妙「鼻につめるこよりを私がよく作ってましたよ」(子供の時お人形を作って遊んでいた京妙さんならではでしょうか?!)

(9)衣裳について、京妙「師匠自身センスがよいが、三人の弟子からヒントを貰いたがった。新作(?)で葡萄をあしらった季節感のある衣裳を提案したら、気に入ってもらえました」京蔵「『二人椀久』松山で今までにな片身替りのデザインを提案・新調したら、周囲には好評にもかかわらず、師匠は稽古の時不機嫌だったんですよ」

(10)京蔵「その衣裳での初日、師匠は「お前のために一ヶ月着てやるよ」と。やや素直じゃないんですよね(笑)。この衣裳、パリ公演のプログラムに掲載されました」三人「プロンプでセリフをつけると、「分かっているよ」という感じで素直に言わず少し変えたり、思い入れをしているような間をわざととるんですね」

(11)四代目の日常は、京妙「スタッフを大切にする感じのよい方です」ほらあの話をと話をふられて京紫「入門前の新人で巡業に出た時スタッフに厳しくされたことがあります。そんなある日そのスタッフからどこへ入門するんだい?と聞かれて、今度京屋に入門しますと答えたら、今まで失礼しました、と応対が一変したことがあります」京蔵「当時の巡業はバス移動でしたから、スタッフも一緒のバスの中では宿に着くまで大宴会でした」

(12)京蔵「とにかくスタッフには差別なく接して人気がありました。また楽屋での挨拶は必ず相手の目を見て挨拶しなさいと師匠から常々言われましたから、それを守って挨拶していたら、さる大幹部が「アイツ、俺に気があるのか」(笑)」

(13)五代目襲名の演目について、京妙「『鎌倉三代記』時姫はそれほど後見の仕事はありませんが、ある時どうも頭がスッキリしていると思ったらシケを忘れて出たことがあります」京蔵「床山さんも我々弟子も師匠もまったく気が付かなかったんですね。ところが舞台に出て姉さん被りを取ったら、あ〜っ、シケがない!舞台袖に入った時あわててつけた」

(14)舞台にかける執念、京妙「脚を痛めていたが、倒れても踊り抜くという執念があった。馬油を脚に塗っていたが、自分で塗るとヒリヒリするので私が塗っていた」京紫「『助六』で最後の揚巻を演じた時お手伝いさんが家では具合悪そうに寝てばかりいたので、旦那は大丈夫ですかと心配して電話をしてきたことがあります。劇場ではそんな気配はまったく見せなかったですから、知りませんでした」

(15)京蔵「『金閣寺』雪姫は四代目の襲名披露の時ご贔屓の方からの発案で、お祝いに桜の花びらを豪雪のように派手に降らすことをやったら旦那は大喜びで、それが続くことになったと聞いています。何しろ派手なことが好きな人でしたから。今度の襲名はそれほどは降らせないと思います」

(16)京蔵「五代目襲名の雪姫でも縄を扱う後見をするが、あれは演者の動きに合わせて調節しなければならないので、とても難しいです。縄も緩むので、毎日調整が必要です」京妙「倒れた雪姫を起こす後見が必要なんですが、ある時自分が旦那と一緒に寝たんですね。それが気に入られて、型みたいになったんです」

(17)京妙と京紫「雪姫の縄は立役の方が持ちやすいように後見もタイヤのように丸く輪にして渡す気遣いが必要です。旦那はたとえ後輩の立役でも自分の方から挨拶に出向く気遣いを続けました。濡れ場でも相手が演じやすいよう立てて、合わせていました。心から可愛い人でした」

(18)京妙「後見の失敗談。『鷺娘』でいつもと違う間で引き抜いたため、旦那を前に倒してしまったことがあります。すぐ起こしましたが、怒られました。『藤娘』で手拭いを渡し忘れたら、袂だけで手拭いがあるように踊って引っ込んできました。『京鹿子娘道成寺』で烏帽子の紐がとけず前に落ちない。旦那も焦り、なおさらとけないこともありました」

(19)京妙「巡業だとホールによっていろいろと舞台の条件が異なります。あるところで照明が上手く旦那の顔に当たっていなかったため、踊りながら顔が当たるところまでどんどん舞台の後方へ下がってきたのです。後見していた自分は長唄とお囃子の山台の間で挟まれないように体を躱すのに困りました」と実演を交えて。

(20)三人「『京鹿子娘道成寺』の舞台袖での早拵えは京屋が一番速い」と自慢げでした。京妙「その分眉をこう直してとかここを塗ってとか注文があってもすばやく対応できました」三人「京屋の楽屋は笑いが絶えないことでも有名でした」との話もありました。お弟子さんたちの仲の良さと師匠愛に溢れていました。

(21)素顔の三人は、京妙さんは素顔でも舞台のそのままの京妙さんです。京蔵さんはアクションと声色・話術に長けていました。京紫さんは旦那の形見のお着物を着て舞台同様しっとりとしている印象ですが、話すことはとても面白い。それぞれが個性豊かでしたが、こういう座談会でも息のあったよきチームワークを見せていただきました。

(22)質問コーナーでお休みの時の過し方が三人三様で面白かったですが、やはり他のお芝居を観て勉強されていることが多いようです。その他のお話は省きます。

(23)ただ最後に二月の歌舞伎座で京蔵さんが演じた『籠釣瓶花街酔醒』の女中お咲の話題についてだけはどうしても触れておきたいと思います。京蔵「歌女之丞さんや芝喜松さんに教えていただきましたが、幕切れで次郎左衛門に斬られるところがやはり難しいです」京妙「自分も演じたことがありますが、籠釣瓶は本身を使うから、大丈夫だった?」と京蔵さんに聞いていました。答えは大丈夫でしたとのことでしたが、不勉強ながらそのやり取りを聞いていて「え〜っ、舞台で本身を使っているのか?」とあらためて驚きました。本身なら銃刀法の問題があるからです。その点をツイートのお仲間の方が調べてくださいました。ありがとうございました。

猿三郎さんが次のブログ記事で詳しく解説してくださっています。たしかに本身を使っていました!播磨屋さんが得意とする演目が多いように思います。

「本身の凄み」 市川猿三郎 二輪草紙


このような企画はぜひともまた実現してほしいと思いその旨アンケートに記入して、大満足で帰宅しました。


歌舞伎美人にも「京屋の秘密」トークの記事がアップされています。 京妙、京蔵、京紫が明かした「京屋の秘密」 は、こちら。
【2016. 03. 01 (火)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(2) | trackbacks(0) |
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この記事に関するコメント
京屋の三姉妹と云われたお三人が、今では、立派な三人のお師匠番ってことですね。遠い先には、(親しみを込めた意味で)京屋の三婆ぁ、なんて云われる日の来ることを楽しみに待っています。
| でじょん | 2016/04/02 9:31 AM |
> でじょん さま

まったく久しぶりの更新記事に対しまして、わざわざのコメントありがとうございます!

京屋の三婆ぁ、って良いですねぇ(笑)。この三人の方々が今後も益々京屋の舞台を盛り上げてくれると思います。
| 六条亭 | 2016/04/02 3:00 PM |
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