一昨日は信州まで遠出して(と言っても、友人の車に乗せてもらった快適なドライブで、帰りは温泉入浴までしてきた)、帰宅したのが、午後11時半近く。それでもあまり疲れは感ぜず、昨日は早起きしてから早々に仕度して銀座に向かう。
前の夜に第三部を観劇された方、今日同じ第二部・第三部を観劇されるお仲間の方とブランチをしながら、ゆっくりと好きな芝居や役者談義で花を咲かせて、楽しいひと時を過ごす。気が付いたら第二部の開幕にちょうど良い時間になっていたので、歌舞伎座に向かう。楽日はいつもながら今日で最後だという独特な雰囲気がある。ましてや『法界坊』が最後に控えているから、中村屋の楽日はきっと何かあるとの期待はいやがうえにも高まろうというもの。今日はすべて三階席からの観劇。5列目だから後ろは通路で、少し前傾姿勢になってオペラグラスで舞台を観ても、後部座席の観客の方に気兼ねをする必要がないのがいい。
さて、肝心な感想は簡単に以下に書いておく。いつもの観劇記は追って本HPに追加更新したい。
第二部の
『伊勢音頭恋寝刃』は先日の幕見に続いて二度目。三津五郎は、「ぴんとこな」と言われる、きりりとした強さを持った和事の二枚目である福岡貢を初役とは思えないような鮮やかさで演じていた。この役は元は武士だから、ただの男の色気だけではないシンの強さが求められるが、まことに過不足無い理想の貢。筋書きでは音羽屋型と書かれていたが、観た限りでは少し違い、独自の工夫があるようだった。一つ一つの見得がすっきりと決まっていて、大変綺麗である。だから、奥庭の場の凄惨な殺しの場面でも、いくつかある見得の美しさが際立って印象的だった。
対する勘三郎の万野は中年の仲居のいやらしさと意地悪さがよく出ていた。恋人の遊女お紺に会おうと油屋にいようとする貢をすげなくあしらい、代わりの遊女を呼ぶことを強引に勧めて、貢がしぶしぶ納得するとがらりと態度を変えるところなど、さすがに見事なものである。福助のお紺は愛想尽かしにもう少し強さがあれば、折紙(鑑定書)を手に入れるための心無いものであることがなおさら明確になったように思うが、姿の美しさも含めていい出来である。弥十郎のお鹿は、道化役だがうぶで純情な遊女を可愛らしく演じていた。この人の役の幅広さは貴重である。橋之助の料理人喜助、七之助のお岸ともに、よく持ち味が出ていて、この舞台は大変厚みがあった。
舞踊
『蝶の道行』は、久しぶりに生の舞台を観たが、あらためて竹本の浄瑠璃が名曲だと思った。武智鉄二演出・川口秀子振付は最初に観た時は、とても前衛的でこれが歌舞伎かと思った記憶があるけれども、今観直すと既に古典的でありながら、かつ新しさも持続しえている。染五郎の助国・孝太郎の小槙が美しい一対の蝶となって飛び交う舞踊は、我々観客も夢幻の世界を彷徨うような錯覚すら覚えさせる。
『京人形』は、左甚五郎がの魂をこめて作った人形が、動き出す一種のメルヘン。扇雀の京人形が、人形振り、ごつごつした男の動き、そして優美な花魁の動きを踊り分けるのが一番の見所である。橋之助の甚五郎も爽やかな男振りで、これは短いながらも芝居としても舞踊としても楽しめた贅沢な演目だった。
第三部
『法界坊』。細部の小ネタは変わっている部分もあるが、大筋は初見と変わらない。役者の動きがさらによくなっているから、笑いが笑いを呼ぶ。目玉の一つの宙乗りは、三階席で観るとまた違った迫力があり、法界坊と野分姫の合体霊の恐ろしさが強烈である。
多くの歌舞伎系Blogの方々がいたようだから、重複するけれどもカーテンコール&スタオベの千穐楽ヴァージョンについては、やはり書いておきたい。舞台上にしつらえられた中村座の観客席(羅漢台)に観客の人形が数多く置かれている。ところがこの人形のなかに実は人形に化けた役者が混じっていたという仕掛けは劇評家の方も騙されたもので、分かっていてもやはり面白い演出である。大詰で観客の拍手にあわせてこの人形も動くのだが、この日はどうも役者が入っている人形が多くいて、さかんに拍手をしている。幕が閉まっても鳴り止まぬ拍手にカーテンコールがあり、勘三郎はじめ主だった役者が登場したが、羅漢台の人形に扮している役者にも降りてきてくれ、と合図している。降りてきた役者がマスクを取ると、上手の人形にはなんと弥十郎と芝のぶ、下手は亀蔵がいた。そして、羅漢台から最後に転げ落ちるように降りてきた人形は、演出の串田和美氏だった!これは少なくとも勘三郎には知らされていなかったようだった。串田氏はこの人形の仕掛けに最後は自分まで登場させる演出をして、あっと言わせたのである。
それから舞台が暗くなると、三階席にいると宙乗りのワイヤーの音がよく聞こえるから、宙乗りで何か出てくると思って小屋を注視していたら、串田氏自作の法界坊人形が登場、花道に下ろされて、勘三郎に手渡された。勘三郎は自分の子供のように愛しそうに抱いていたのが印象的。一旦幕が閉まっても拍手はまだ鳴り止まないので、再度のカーテンコール!勘三郎が御礼の挨拶と来年の納涼歌舞伎は勘三郎襲名の地方巡業のため出演できない(三津五郎が中心?)旨の話があった。串田氏も勘三郎に促されて、恥ずかしそうに一言挨拶した。例の事件以来カーテンコールには出てこなかった七之助が化粧を落とした浴衣姿で出ていたが、ビデオカメラを持っていたのには笑わされた。
熱い興奮のうちに納涼歌舞伎の千穐楽も終わり、急に夏が終わってしまったような感じがした。お仲間の方と軽く一杯打ち上げをした後外へ出てみると、心なしか暑さも和らいでいたような気がする。