さて、今度は21日に通し観劇した團菊祭の感想を、まず昼の部から。
海老蔵と勘三郎の襲名披露興行の関係であろう、恒例の團菊祭の開催も三年振りである。しかも、文字通り柱となる團十郎が病癒えて、歌舞伎十八番の『外郎売』で舞台復帰するのが、何よりも今月一番の話題である。市川宗家と言えば、歌舞伎界を代表する家。その当主團十郎が舞台から遠ざかっていたのは、火が消えたように寂しいものであったから、この復活の舞台は、歌舞伎ファン必見のものであった。
『江戸の夕映』
野田秀樹や蜷川幸雄の歌舞伎進出に刺激されたのであろうか、最近はいわゆる新歌舞伎の久しぶりの上演が増えつつある。古典も大事であるが、旧態依然として同じ演目が出るのは、観る方も食傷気味の場合も多い。だから埋もれていた新歌舞伎の掘り起こしも悪くない。戦後の歌舞伎復興期にも、歌舞伎の危機が囁かれ、当時の幹部俳優たちは古典とあわせて、必死に新歌舞伎や新作の上演に努めていた。宇野信夫、北条秀司等の劇作家のみでなく、大佛次郎や三島由紀夫等の作家も歌舞伎の台本を彼らのために書いたのである。
『江戸の夕映』も大佛次郎が、当時の海老蔵(十一代目團十郎)、梅幸、松緑に当てて書き、明治維新前夜の群像を、当時の時代背景の雰囲気豊かに描いている。今回の上演は、その三人の孫−海老蔵、菊之助、松緑が主役を演じているのも興味深い。徳川家に殉じようとする一本気な海老蔵の小六、時代の流れに逆らわず武士も捨てて生きる大吉、その恋人で粋で気風の良い菊之助の芸者おりき、三人ともまだ若さゆえの固さは残るものの、とても新鮮な役作りで見せてくれた。
しかも、この台本が主役のみならず、脇役の端々まできっちりと性格別けをして書かれているので、ドラマに潤いと広がりがある。例えば、團蔵演じる小六の叔父松平掃部は、新政府のご威光を振り回して、娘お登勢(松也)をわがものにしようとしつこく通う亀蔵の吉田逸平太に対して、娘には許婚がいるからときっぱりとはねつけるその潔さ。その後まだ江戸に戻らぬ小六の身を二人して案じて思い遣る場面の何と胸打たれることか。松也も小六への思いの一途さが良く出ていて、可愛いさ・健気さがある。また、PARCO歌舞伎でその秘めた実力をいかんなく発揮した萬次郎の妾おきんの存在感、別人かと思わせるような右近の船宿の娘お蝶の甲斐甲斐しさとなど、あげだしたら切りがない。最後は江戸に戻った小六に再会した大吉と、そこへ駆けつけるおりきとお登勢。江戸の夕映が赤く舞台を染めての幕切れは、とても爽やかな後味の残るものだった。
『雷船頭』
松緑の船頭と空から落ちてきた少し気の弱い雷とがからむコミカルな舞踊。松緑は爽やかさにも不足がなく、切れ味良い。右近は、ここでも若さに似合わない踊りのうまさを見せていた。右近の将来恐るべしである。
『外郎売』
團十郎の五郎の台詞が鳥屋から聞こえてきただけで、もうワクワクし、そして花道にその元気な姿を現したのを見て、なぜか我が事のように嬉しくなる。少し痩せたような気もするが、口跡は滑らかで、爽やか。
本舞台へ来ると、菊五郎の工藤祐経ともに狂言半ばの舞台復帰の口上がある。当代團十郎自身が復活した歌舞伎十八番で、しかも一昨年出演するはずだったが病に倒れたため果たせなかった因縁のものである。ご本人が復活狂言で復活できたのは嬉しいと言うのも実感が籠っている。
さて肝心の狂言は、曾我狂言に小田原名物外郎の売り立ての早口を取り入れたのが見所・聞き所で、さらに今回は梅玉の兄十郎が出るヴァージョンである。曾我物としては、五郎・十郎兄弟が並んだ方が、やはり絵になる。三津五郎の朝比奈、時蔵の舞鶴など豪華な役者が揃い、これぞ歌舞伎の様式的な美しさの見本とも言うべき絵面の見得は眼福であった。團十郎の元気な舞台復帰を心よりお祝いしたい。
『権三と助十』
これも岡本綺堂の新歌舞伎の範疇に入るが、井戸替えなど江戸庶民の長屋生活を活写した点は、世話物そのものである。また話も大岡裁きを背景に出してくるあたりは、『半七捕物帳』を書いた作者の面目躍如の推理小説的要素もふんだんに盛り込まれている。しかし、他の綺堂の新歌舞伎とは異なり、謳いあげるような台詞の美しさは見られず、早口の台詞がポンポンと飛び交う喜劇的な要素が強い。アドリブも多くあるようで、菊五郎・時蔵の夫婦、三津五郎・権十郎の兄弟喧嘩など、気楽に笑える。左團次の大家六郎兵衛も、好々爺で味がある。
この舞台を上演すると、何故かハプニングが多く、台詞のとちりなのか、アドリブなのか分からないほどドタバタになる場合が多いようである。ただ、残念なことに(?)、所見の日はあまりそのような場面はなかった。幕切れに死んだはずの彦兵衛が実は生きていて、田之助が登場するが、菊五郎が「台詞が少なくてよかったね」とは、先輩役者を気遣っているようで笑わせる。この喜劇の中でただ一人悪人の團蔵の勘太郎が凄みをきかせ、際立っている。團蔵は、今月の昼『外郎売』も含めて三つに出演する活躍である。