雑誌『演劇界』などで歌舞伎劇評の健筆をふるっている演劇評論家の
上村以和於氏の日本経済新聞の今月の劇評が、昨19日の夕刊に掲載された。これで各紙の劇評が出揃った。泉鏡花の作品四本で公演を行っている今月の歌舞伎座の情報は折に触れて(というより殆んど連日であるが)書いている。観る方も初日が開くまで期待と不安が交錯していたけれども、実際の舞台は予想を越える鏡花の耽美の世界が現出されていて、多くの観客を魅了している。それを反映するかのように各劇評もおおむね好評である(辛口の劇評で知られる
「渡辺保の歌舞伎劇評」も昼夜それぞれ分けて書いていて、しかも夜は「天守物語」にほぼすべてあてて激賞しているから、まことに異例である)。日本経済新聞の夕刊は意外に読まれていないので、以下、「泉鏡花特集、玉三郎と海老蔵の美」と題された上村以和於氏の劇評のうち、玉三郎と海老蔵に触れた部分を抜粋して紹介する。
泉鏡花の作品四本だけで歌舞伎座が本公演を行うというのは、開場以来百二十年歴史で空前のことだろう。しかも人気はは上々。役者・興行のあり方、すべての点で歌舞伎が大きく変わりつつある。が、これも歌舞伎なのだ。(中略)
玉三郎主演の二本は戌井市郎。いずれも海老蔵を相手役に独自の美の世界を構築する。「海神別荘」は玉三郎以上に海老蔵の存在感が際立つ。六年前の初演時にはフレッシュな公子だったが、今回は海底の世界を支配する王者の趣だ。玉三郎の美女は死を賭けて主張する最後の場面に独特の世界が広がる。
「天守物語」はグランド歌舞伎の安定感と爛熟の極みの玉三郎の美の世界で、完成度は抜群。まさに女帝の趣だ。海老蔵の図書之助は原作に美丈夫と指定のある通りだが、初演・再演時の時分の花の新鮮さから、芸で見せる端境の時期にある。それはそれで魅力的であり、今後どう演じてゆくかに興味をそそられる。(後略)
玉三郎主演の二本は自らも共同で演出にあたっている点が漏れているのは正確を欠く憾みがあるが、おおむね大変共感できる劇評である。猿之助一門の笑三郎、春猿がそれぞれ主演した「山吹」「夜叉ヶ池」も好評である。とくに「山吹」の歌六の人形使いは、難役であるが殊勲賞ものと最後に触れているのは我が意を得たりの感がある。