徒然なる日々の条々を、六条亭が日記風に綴ります。本屋「六条亭雑記」もよろしく。
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

【2018. 08. 18 (土)】 author : スポンサードリンク
| - | - | - |
本年もお世話になりました
この記事が本年最後となりますので、一言年末のご挨拶を申し上げます。

本年も拙ブログを思いもかけないような多くの方々にお読みいただいたようで、心より感謝いたしますm(__)m。この一月より新しい職場で慣れない職務につきましたので、どこまで出来るか不安も多かったのですが、その気分転換と息抜きに歌舞伎観劇の感想や読書感想など、思いつくままブログ記事を書き続けてきました。それに対しまして予想外のご訪問者数の増加と多くのコメント&トラックバックを頂戴できまして、大変励みになりました。また多くの方々と交流することが出来ました。そのお蔭でどうやら仕事も大過なく過ごすことが出来、来年以降も引き続き勤務いたします。

この七月より、ページビュー数ではなく、ご訪問者数を正確に把握できるよう、カウンターを設置いたしましたが、これにより恐縮を通り越して、驚くような多くの方々が拙ブログを毎日ご訪問いただいていることが分かりました。まもなくご訪問者数が五万を超えようとしています。まことにありがとうございました。五万ジャストのアクセスをされた方は、ご連絡いただきますとありがたく存じます。来年は個人的事情で本年よりブログ記事のUPはやや減速気味となると思われますが、引き続き拙ブログをよろしくご愛顧のほどお願いいたします。

それでは皆さま、よいお年をお迎え下さい。
【2006. 12. 30 (土)】 author : 六条亭
| 日記 | comments(0) | trackbacks(0) |
本日で今年も無事仕事納め
官庁はじめ多くの会社は昨日仕事納めをしたようであるが、今のわが職場は本日まで仕事。しかし既に休みを取っている人もいるうえ、電話もほとんどかからず、午前中に今年最後の仕事に集中できたから、午後はもっぱら書類の整理と廃棄。一年間随分溜まったものである。もっとも普段から整理ベタであるから、こういう機会でもないとなかなか処理できない(^_^;)。

考えてみれば、ちょうど今の職場に出向してきて一年が経った。あっという間だった。当初の予定では来年から籍が切り替わる予定だったが、いろいろな事情で来年三月まで出向が延長となった。自分としては一つの節目であり、年末年始で気持もあらたにと思っていたから、少し拍子抜けしたが、新しい職場で無事一年間仕事が出来たことでほっとしている。しかし、まだ気を抜けない。これから年賀状の作成という大きな仕事が待っているから(^^ゞ。
【2006. 12. 29 (金)】 author : 六条亭
| 日記 | comments(0) | trackbacks(0) |
辻邦生−歴史・時代小説の思い出(その二)
辻邦生を歴史小説家としてあげるのは、その膨大な文筆活動による多彩な著作を考慮すると必ずしも妥当ではないかもしれない。西洋文明への憧憬から出発し、作品もその容貌もいつまでも若々しくダンディーだったこの作家は、その初期に発表した『廻廊にて』『夏の砦』の二作品は、いかにも西洋風の翻訳小説を思わせるものの、その新人放れした堅牢な構成と豊かな表現力はかってない大型新人の登場を思わせた。

だが、この作家が一般的に知られるようになったのは、『安土往還記』『天草の雅歌』『嵯峨野明月記』の戦国期の歴史小説三部作である。『安土往還記』は本HP「読書手帖」に書いているが、新しい視点からの信長像を描き出していた。天草を舞台にした切支丹ものとも言える甘美な『天草の雅歌』、本阿弥光悦・俵屋宗達・角倉素庵の三人が語る嵯峨本製作までの物語である『嵯峨野明月記』も忘れがたい名作である。とりわけ、後者の作品は、三人の独白が効果的で、木霊のように交互に響きあい、ひたむきに美の追求をする芸術家の姿を浮かび上がらせていた。

しかし、辻邦生の名を後世に残すことになる傑作は、大作『背教者ユリアヌス』である。ローマ帝国末期に国教と化したキリスト教に疑いを持ち、多神教のローマの神々の世界に立ち戻ろうと努める若きローマ皇帝ユリアヌスの生涯を克明に描き出したこの作品は、思いもかけず皇帝となった哲学の一学徒の理想に燃えたひたむきさと純粋さには何度も目頭が熱くなり、夢中で読み耽った記憶がある。三十年以上も前に日本人に馴染みの薄いこのような人物を主人公にして雄大なスケールの作品に仕上げた作者の力量は、当時の日本人作家の常識をはるかに越えていて、以降もボッティチェルリを主人公にしたフィレンツェ絵巻『春の戴冠』、フランス革命をジョゼフ・フーシェの目から描いた『フーシェ革命暦』(未完の大作)がある。

しかし、辻邦生にとっては、作品を書くうえで日本を舞台にしようと西洋を舞台にしようと、歴史小説として大きな差異はなかったに違いない。それは彼が書くものすべてが人間の生の喜びと美に対するあくなき賛美にあり、それがたまたま主人公としてユリアヌスになり、ボッティチェルリになっただけであろう。辻邦生は晩年の大作として西行を主人公にした『西行花伝』を書くが、これが事実上歴史小説の遺作となってしまった。ここに描出された西行は、ただの抒情的な詩人ではなく、北面の武士であり、また荘園経営者としての側面も西行を知った人々の証言を積み重ねるという手法により、人間臭い人物像となっている。もちろん、待賢門院璋子との悲恋、後鳥羽院との深い交わりなども含めて、ある意味では謎の多いこの人物が、出家遁世した漂泊の詩人ではなく、全人的な大きさを持った芸術家であることをこの作品から知ることが出来る。

しかし、何よりもこの作品が読む者に大きな感動を与えるのは他の歴史小説と同様、いやそれ以上に生きることの喜びと美への賛美が、西行という一個の人間として具現化していることにあるだろう。辻邦生はさらに藤原定家を主人公とした小説を構想していたという。それが実現しなかったことはまことに残念であるが、歴史小説の集大成としてこの『西行花伝』という傑作が遺されたことは、まだしも幸いであった。これは何度も読み返したくなる傑作である。
【2006. 12. 28 (木)】 author : 六条亭
| 読書 | comments(2) | trackbacks(0) |
三月の国立小劇場の出演者詳細発表
三月歌舞伎公演(国立小劇場)

『初瀬/豊寿丸 蓮絲恋慕曼荼羅(はちすのいと こいのまんだら)』

先日の発表では、演出・主演の坂東玉三郎と段治郎の名前があったのみであったが、気が付かないうちに内容が更新されていて、右近、笑三郎、寿猿、春猿、猿弥の澤瀉屋一門と門之助が出演者として加わっていた。これはある程度予想通りであるが、玉三郎の色彩が強い公演になりそうである。
【2006. 12. 27 (水)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(0) | trackbacks(0) |
今年の歌舞伎観劇納めは紅葉狩の幕見
東京は激しい風雨です。楽日観劇には生憎の天候ですが、今年の歌舞伎観劇は楽日の紅葉狩で納めようと、幕見の列に並んでいます(^^;。
【2006. 12. 26 (火)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(0) | trackbacks(0) |
三人の内蔵助―『元禄忠臣蔵』通し上演の感想まとめ
国立劇場が、その開場四十周年記念公演の大きな目玉として、十月から三ヶ月にわたって真山青果の畢生の大作『元禄忠臣蔵』を通し上演した舞台は、各月とも大入りで興行的にも大成功であったばかりではなく、出演する役者も必ずしも十分に揃っていたとは言いがたかったにもかかわらず、概して高い水準の成果をあげていた。また、歌舞伎公演には珍しく男性観客の姿が多数目立った三ヶ月でもあった。これも主君の遺恨を晴らすという忠臣蔵劇そのものが、判官贔屓と同じように日本人の心情に奥深く根付いている証拠であろうか?

これはたとえ原作が昭和初期に発表された新歌舞伎とはいえ、開場以来古典歌舞伎の復活通し上演を主にしていた国立劇場ならでは企画の勝利であり、まことに記念事業に相応しい壮挙と称えても過言ではないであろう。

全十篇を次の三部に分けての上演は、戯曲の内容から言って、至極妥当であり、まったく異論はなかった。

第一部 … 『江戸城の刃傷』『第二の使者』『最後の大評定』― 内蔵助:吉右衛門 刃傷から城明け渡しまでで、内蔵助が公儀に刃向かう決意を固めるまでの苦衷。

第二部 … 『伏見撞木町』『御浜御殿綱豊卿』『南部坂雪の別れ』― 内蔵助:藤十郎 討ち入りの決意を固めながらも思い悩む内蔵助とその周囲の姿
      
第三部 … 『吉良屋敷裏門』『泉岳寺』『仙石屋敷』『大石最後の一日』― 内蔵助:幸四郎 討ち入り本懐を遂げた内蔵助たちが切腹を申し付けられるまで

ただし、上演時間約四時間前後という制約があったのであろうから、ある程度の原作のカットは止むを得ないと思うものの、第一部から、二部、三部となるに従い、カットの場面が多くなり、その分折角の原作の豊穣で多面的な世界が薄まり、とくに第三部は内蔵助をはじめとした赤穂の浪士たちが浮き上っていたきらいが無きにしもあらずであった。元々青果がこの作品を書いた狙いは、片手落ちで不当な処断をくだした公儀に対する内蔵助の反逆である。通常の忠臣蔵と異なり、吉良上野介がまったく登場せず(第一部でちらりと刃傷後の姿が見えるのみ)、ゆえに史実はどうあれ、何故浅野内匠頭が吉良に対して刃傷に及んだかの理由すら、一切語られていない。あくまで内匠頭の無念とその無念を吉良の首級をあげることにより晴らそうとする内蔵助たちに焦点を充てて描く。同時に、甲府宰相綱豊卿の口を借りて、当時の世間の赤穂浪士たちに対する同情の眼差しを描いている。だから、周囲の浪士たちへの目を描かないと独りよがりにも見えてしまう欠点がある。第三部はそのあたりが、原作のカットによって露呈したのは残念に思えた。

このような内蔵助は、とても難しい役であったろう。第一部の吉右衛門は、最後の最後まで己の本心を明かさず、じっと絶える演技ばかりである。吉右衛門がテレビのインタビューで「毎日演じていてとても疲れる」と言っていたのは、本音であったろう。それまでの耐えに耐えた思いを爆発させるような本音の決意をもらして、花道の引っ込んでゆくことで、観る方も救われる。正直、吉右衛門で第二部、第三部と全三部を通して観てみたい思いは今でも強い。

第二部の藤十郎の内蔵助は、最初発表があった時ニンではないと思ったが、ご舎弟浅野大学の大名への取立てによる家名復活の公儀への請願をしながらも揺れ動く内心を覚られないように伏見撞木町で遊蕩する内蔵助には、ぴったりだった。一転して、南部坂雪の別れでは、討ち入りを目前に控えた男の清々しい凛とした姿を見せてくれた。恐らく昔映画で観た長谷川一夫に内蔵助とダブって見えていたように思う。第二部の伏見撞木町での上方風の演出は、『仮名手本忠臣蔵』七段目『祇園一力茶屋』にあたるから、成功だったように思う。またこの場を上演頻度の高い名作である『御浜御殿綱豊卿』とあわせて観ることによって、青果の目指した戯曲の奥深さがより立体的に理解できたように思う。

第三部の幸四郎は、討ち入り後の内蔵助であり、『大石最後の一日』はとくに幸四郎が得意とする定評のあるものである。最後の花道での「これで初一念が届きました」という台詞は、この場のみを観たのでは分からないような心の奥底からの痛切な言葉であることを実感させてくれたが、逆に前の二人の内蔵助を観た目からは、もう少し晴れやかで、また春風駘蕩とした雰囲気も欲しいと思ったのは、贅沢なことなのであろうか?

青果の台詞は、目で追って読むのみでも日本語としても非常に格調高いものであるから、その長台詞を朗々と謳いあげるのは、慣れない役者たちにはさぞや苦労もあったろうと察せられるが、十二分にその苦労に見合う成果が上がっていた舞台だった。今はとにかく三ヶ月の長丁場を無事大入り満員で終えた舞台関係者に、お疲れ様でしたと感謝の言葉を記しておきたい。
【2006. 12. 25 (月)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(1) | trackbacks(0) |
十二月大歌舞伎昼夜通し観劇
昨日から若干風邪気味で、薬の影響か、昼の部はしばしば意識不明となる(^^;。したがって十分な鑑賞が出来ていないが、八重桐廓噺の菊之助は、予想したより今一つの出来だった。ともに初役の夜の部神霊矢口渡のお舟が、娘心のいじらしさと健気さをたっぶりと見せていて秀逸だったから、惜しまれる。富十郎の頓兵衛は、初見時より格段に大きい。昼は将門が時蔵と松緑の組み合わせで、味のある踊りだったが、これはもっと華やかさと古径さが同居したら、なおさらよかったと思う。

夜は、出刃打お玉が菊五郎と梅玉の変貌ぶりに、二十八年の歳月の経過が感じられて、それでいて爽やかな後味を残した佳品だった。新国劇で鍛えた池波正太郎の作劇術をうまさを実感した。

個人的には、海老蔵の紅葉狩をまたもや大いに楽しんだ。立役が演じる舞踊としてはなかなかの出来。妹のぼたんの侍女野菊も鮮やかな踊りを披露していて、魅せた。
【2006. 12. 23 (土)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(3) | trackbacks(0) |
中村錦之助を信二郎が襲名−35年ぶりの名跡復活
asahi.com記事

一旦報道がありながら、その後発表がなく、どうなっているのだろうかとやきもきしていた信二郎の二代目中村錦之助襲名が、今日正式に発表された。来年四月の歌舞伎座興行で襲名披露が行われるとのこと。歌舞伎座建替え前の最後の襲名になるのだろうか?

ということは、既に発表された五月の新橋演舞場は、もう信二郎ではなく錦之助襲名後の初の舞台ということになる。襲名を機に歌舞伎役者としてのなお一層の精進を期待したい。
【2006. 12. 21 (木)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(0) | trackbacks(0) |
吉右衛門の鬼平−新橋演舞場の五月大歌舞伎
多くの歌舞伎系ブロガーさんが書いているので内容は重複するけれども、やはり吉右衛門が座長格の来年の新橋演舞場五月大歌舞伎について、触れないわけにはいかない。歌舞伎美人(かぶきびと)のサイトに早くも演目と配役が発表されていた。

五月大歌舞伎(新橋演舞場)

今年の五月興行の成功もあって、来年以降も吉右衛門による新橋演舞場の歌舞伎興行が計画されているとは聞いていたが、何とも早い発表である。出演する役者も今年の顔触れのうち、大河ドラマ出演のためであろうと思われる亀治郎を除き同じであり、さらには富十郎も加わるという豪華なものである。

吉右衛門は昼夜にわたり四役を演じる奮闘振り。『妹背山婦女庭訓』の漁師鱶七のような古典歌舞伎の役もあるが、今回は『釣女』の醜女や『隅田川続俤』の法界坊など滑稽味のある役が多いのは注目される(ただし、浄瑠璃「双面水照月」の部分が染五郎になっているのは一貫性を欠くように思う)。しかし、個人的にはやはり歌舞伎興行と銘打って、吉右衛門の当り役『鬼平犯科帳』が出るのが嬉しい。しかも、原作が「大川の隠居」となれば、これは待ってました!である。
【2006. 12. 21 (木)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(4) | trackbacks(0) |
国立劇場初春歌舞伎公演は鏡開きで幕開け!
国立劇場のお正月 来年の初春歌舞伎公演も恒例の鏡開きで幕明け!

国立劇場のHPで、上記記事がUPされていた。普段は広々としたロビーがさっぱりとしていて、ある意味では歌舞伎の雰囲気に欠ける国立劇場が、初春公演の時だけは華やかにお正月の飾りで彩られ、獅子舞や手拭い撒き、お茶席などお正月の雰囲気満点である。しかも、初日は出演する主な役者さんたちによる鏡開きがある!その華やかな雰囲気は写真でもよく分かるが、今年の国立劇場初春公演『曽我梅菊念力弦』の初日に行かれた方々からその時の様子をうかがうと、これはどうしても初日の鏡開きから入場し、初芝居の気分を満喫したくなる(初日のみ開場10時30分)。しかし、初日のチケットはどうやら確保できたけれども、お正月の休みボケの時にそんなに早く劇場に到着できるのだろうか(^_^;)。

国立劇場開場四十周年記念初春歌舞伎公演『梅初春五十三驛』
【2006. 12. 20 (水)】 author : 六条亭
| 歌舞伎 | comments(2) | trackbacks(0) |
FLASH時計



PageRank Powered by SEO Stats





  和樂 毎月12日発売

BlogPeople

BlogPeople検索


歌舞伎ブログ にほんブログ村 演劇ブログ 歌舞伎へ

qrcode