初日と昨日書いた内容と若干の重複があることはご容赦いただいて、今回の国立劇場初春公演の通し狂言『梅初春五十三驛』の感想を二回に分けて、まとめておきたい。
五十三驛ものと言えば、猿之助が復活した『独道中五十三驛』は有名であるが、残念ながら私は観ていない。したがって今回の通し狂言とどの程度異なっているのかはよく分からないが、『梅初春五十三驛』は伝わっている台本も少なく、また昔の芝居は一日がかりで上演するような膨大なもので、かつ登場人物も錯綜したものだったようだから、今回相当補綴の手を加えて現代の上演形態にそった形にまとめあげたと思われる。それでも、上演時間約三時間半、主役で全体を束ねた菊五郎は実に四役の八面六臂の大活躍、その他の主役級の役者も入れ替わり立ち代わり二役から三役を演じているから、顔のこしらえから衣裳の着付けまでさぞかしてんやわんやだったと思う。それでも全五幕十三場(実際には十六場ともいえる)は、短い時間のものも含めて五回休憩が入ったが、初日に比べると観る方も二回目とあって楽日は非常にテンポも良く感じられた。木曽義仲の子息清水冠者義高とその許嫁で頼朝の娘大姫、白井権八などが宝剣をめぐって、京都から東海道を下ってゆく話を主筋にして、各地で起こる事件をエピソードの連鎖で面白く構成していたと思う。
序幕 【京都】「大内紫宸殿の場」、【大津】「三井寺の場」
物語の発端であるから、「大内紫宸殿の場」はこれからの物語の背景をうまくまとめ、また「三井寺の場」では頼豪阿闍梨の霊が義高に鼠の妖術を授ける。その後主役の登場人物をほぼすべてをだんまりで出し、これから起こる話を予告している。このだんまりでは、珍しく捕り手二人がからみ、途中から姿を消した菊五郎の義高が巨大な鼠に乗って花道へ引っ込んでゆくところは迫力があった。團蔵の範頼が古径な印象。彦三郎の頼豪阿闍梨は凄みが不足している。
二幕目 【池鯉鮒】「街道立場茶屋の場」、【岡崎】八ツ橋村無量寺の場
ここでは菊五郎家のお家芸の怪猫(猫石の精霊)のホラーがみものであった。ただ、当代の菊五郎の場合その芸風からか最近は軽妙な役があっているため、もっと怖くてもいいくらいであるが、さすがに貫禄がある。しかし、何よりも見事だったのは怪猫の操るままに体操選手のようなアクロバチックで、切れのよい技を次々と見せた茶屋娘おくらの吹き替えで出た尾上辰巳である。この吹き替えで国立劇場の一月の優秀賞を受賞したのも当然であろう。このような吹き替えは役の性質上筋書きにも名前が出ない地味なものであり、それが脚光を浴びたことは素晴らしいことである。尾上辰巳ブログは
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また子猫に扮して可愛いぱらぱら踊りを披露していた子役たちもあわせて特別賞受賞の対象になったのも微笑ましい。
初春歌舞伎公演 国立劇場賞のお知らせ
さて肝心の茶屋娘おくらであるが、最近進境著しい梅枝。口跡も爽やかで、甲斐甲斐しいけなげな娘ぶりであった。
三幕目 【白須賀】「吉祥院本堂の場」、「同 裏庭の場」
村人たちが車引を演じる田舎芝居のドタバタ劇である。田之助のようなヴェテランから團蔵、松緑などが楽しそうに演じていた。所化弁長の三津五郎と三津右衛門で義太夫の語りと三味線を聴かせるのは本職顔負け。楽日は三津五郎が語り出す前に、「大和屋」と大向こうから声がかかり、三津五郎がそちらに向かってありがとうというポーズで手を上げたのも楽日ならではか?
白井権八の菊之助が三宅坂菊之助という女形に扮して同じく小梅の松也と一緒に花道から登場すると思わず観客席からため息が…。今回の菊之助の二役は立役であるが、それほど菊之助の姿が目の覚めるような、輝く美しさがある。松也は花道では控えめであるが、田舎芝居では思いっきりはじける。どうもそのギャグは本人に任せられていて日々変わってきていたようだが、少し浮き上がった時もあったようである。しかし、たらこの千穐楽ヴァージョンは大受けであった。
三幕目 【新居】「関所の場」
新居の関での白井権八の詮議を松緑の宗茂が爽やかでまた情のこもった裁きぶりで、今月の三役中一番の出来である。菊之助も御高祖頭巾の町娘実は権八の変わり身が鮮やかである。この後に菊五郎、時蔵の大姫と三津五郎の根の井小弥太にそれぞれ乗った船が海中で行き逢う舟だんまりがある。ここは二艘の船が本舞台と花道を行き交う面白さを楽しめばよいのだろうが、ややなくもがな印象があった。