職務中の怪我で休職・リハビリ中の刑事のところに、親戚の銀行員から婚約者が急に姿を消したので、探して欲しいと相談を持ち込まれてきたことから、この傑作ミステリーがはじまる。まだ膝が完治していないから、最初は渋々だった本間刑事も、この奇妙な失踪劇の奥に消費者信用(クレジット)問題が根深く横たわっていることに気づき、徐々に調査の網の目を宇都宮から名古屋、伊勢、大阪まで広げてゆく。
そこに浮かび上がってきたのは債権の取立屋から家庭を、結婚を壊された女性が、自分を生まれ変らせるために、同世代の同性になりすまそうという巧みな計画であり、そのために一人の女性が犠牲になった(ただし、小説のなかではその可能性が高いと示唆されているのみであって、死体が発見された場面は描かれていないから、悲惨な描写はない)という真相である。しかし、その入れ替わられた女性もクレジット漬けで自己破産した過去があったことが判明し、またもや本人が逃亡したのは何とも皮肉である。逃亡に次ぐ逃亡を重ねながら、新しいターゲットに接触しようとした本人をようやく見つけたところでこの追跡劇は終る。この小説には悪人はいない。だが、クレジットゆえに悲劇は起きた。
主人公は休職中であるから、あくまで一私人として調べる真摯で地に足の着いた調査方法や、的確な推理と迅速な行動、そして周囲の温かい協力も、宮部みゆきの多くの作品と同様に読んでいて大変気持ちのよいものである。真相の周辺を迂回しながらも次第に核心へ到達して行くまで一気に読ませる展開は作者の腕のさえの見せ所である。しかし、この小説のすぐれたところは、以上のような点に加えて、クレジット社会の怖さを小説として昇華させたことであろう。そういう意味ではこの小説が経済小説としても高く評価されているのも当然だと思う。