|
評価:
宮尾 登美子
朝日新聞社
¥ 9,240
(2005-01-31)
|
現在朝日文庫で全4巻が文庫化されているが、中島千波の装画と中島かほるの装幀が歴史絵巻の雰囲気豊かで素敵であるので、このハードカバーの初版をあげた。
この全4巻を通読した感想を簡単にまとめるのは至難の業である。それは作者独特の和文脈の語り口による平家一門の興隆から栄華、そして急激な没落までの物語の世界に浸りきると、あたかも登場人物たちと同じ時代に生きて、ともに喜びと哀しみを味わっているが如く感じるからである。作者は「あとがき」で週刊誌連載中読者から「むずかしすぎる」「長すぎる」との批判があり、それは事実である、と肯定している。しかし、他方原・平家物語の文章の美しさをあえて残そうとしたこと、また千人にものぼる登場人物たちを描き切るのには、まだこの全4巻では十分に描ききれていない、とも言っているが、まったく同感である。私の目から見ても、もっと膨らませて大長編にしてもよい題材と世界だったと思う。
しかし、それを割り引いてもこれは作者がその持てる力をすべて投入して書き上げた渾身の歴史傑作長編であり、自らの名前を冠しただけのことはある。この作品を書くにあたって作者は最新の歴史研究成果を十分参考にして書いたようであるから、ここでは以下2点ばかり触れておきたい。若干のネタバレであるが、ご了承下さい。
○ 清盛が白河法皇のご落胤であること
これは清盛本人が、世が世ならば一天万乗の君になりえた可能性もあり、後白河法皇を幽閉して、事実上の政治の実権を握ったことにもつながっている。しかし、長男重盛に先立たれてからは、有力な後継者を失い、急坂を転げ落ちるように、平家一門の没落がはじまるのは、この驕りとも言える清盛の強引な振る舞いにも原因があったであろう。
○ 壇ノ浦で入水した安徳天皇は実は弟の守貞親王だった
つまり守貞親王が安徳天皇の身代わりになり、安徳天皇はその後守貞親王として後白河法皇から愛される。しかも、一旦は出家までしながら、弟後鳥羽法皇が承久の乱により配流となり、急遽後高倉院として院政を執るまでに至る。院の早世により、それは短期間であったが、平家の血筋を天皇家に残そうとした清盛の妻時子たちの思いを神が助けたと平知盛の妻で、守貞親王の養い親でもあった明子(あきらけいこ)が見届けたのである。物語の後半の事実上の主人公がこの時子であったことも肯ける。これはまだ仮説かもしれないが、歴史上十分ありうるifである。
このような刺激的な説も包含しながら、宮尾本平家物語は大河の如く流れてゆく。読者はただ作者の自在な語りに身を任せれば、一つの世界を生きたような錯覚にとらわれるであろう。