第三十四回俳優祭『白雪姫』の感想は、大変多くの方々にご覧いただいたようで、書き手としては、手応えを感じるとともに、またいかに舞台の感想をまとめるのが難しいかをもあわせて実感した。
さて、順序は逆になったが、俳優祭の感想その二である。
開演前に今回の俳優祭実行委員長である三津五郎さんからご挨拶と今回の演目の丁寧な紹介があった。今回の俳優祭は、従来とは異なり、まず最初は伝統歌舞伎保存会との共催で『郷土巡旅情面影』と題して、三段返しで三つの演奏と舞踊が続けて演じられた。
『郷土巡旅情面影』(くにめぐりたびのおもかげ)
加賀『勧進帳』
二段のひな壇に並んだ25人の演奏者中、3人の大人の方を除き、全員小松市の小中学生で編成された三味線、唄方、お囃子連中で、『勧進帳』が演奏された。もちろん、まだ技量・経験が十分でない少年少女たちであるうえ、固くこなれていない部分もあったのは当然だが、歌舞伎座の大舞台でこれだけ堂々とした演奏を披露したのは、大変立派であり、聴いている方も清々しい気持ちになった。
肥後『山鹿灯籠踊り』
芝居小屋八千代座のある熊本県山鹿市に伝わる伝統的な踊りであり、名題下と新派の若手による踊り手三十人が、現地山鹿から借りたという貴重な灯籠を頭に載せて優雅に踊る。暗い舞台に点々と微かに光る灯籠が、ゆっくりと動きながら輪を作ったり、直線や曲線を描いたりするのは、三階席から観ていて大変幻想的な美しさだった。舞台後ろのせり上がりを使ったのも、より立体的な効果が出た。
阿波『阿波踊り』
これはもういうまでもなく威勢よく、賑やかに盛り上がるには絶好の踊りである。女形の踊り手(女連)が皆笠をかぶっているので、三階席からは誰が誰だかよく分からないのが難点であるが、綺麗に揃った踊りを披露していた。男連は彌十郎を中心に派手に踊りまくる。途中で、「エンヤ〜、コラヤ〜ッ」の演奏に乗って舞台中央で猿弥が踊り、目立っていた。もっとも段治郎からハリセンをくらっていたが。御曹司の子役たちが、子供連でとても張り切って踊り、可愛いかった。
ただ、次の模擬店にお目当てのところへ早く並ぶためだろうが、まだ舞台が終っていないのに、途中で席を抜ける観客が少なからずいたのは、せっかく舞台に集中している観客には若干迷惑であり、観劇マナーとしてはいかがなものかと思う。
『木挽森賑売座留』(こびきのもりにぎわうばざーる【模擬店】)
さて、その次は俳優祭最大のイヴェントであり、観客のお楽しみである模擬店である。素顔の役者さんたちが、模擬店でいろいろなグッズを売るのに接することができる。模擬店は3階から地下まで4フロアーに分かれていて、プログラムに挟まれている案内図を事前によく調べておいて、回る順番を決めておかないと、それでなくとも花形人気役者のコーナーは大混雑になるから、効率的に多くの模擬店を回れない。詳しいことは他の多くのブロガーの方が書いておられるので、私の歩き回ったところを以下に簡単に。
まず一階に下りる。一階は中央に菊之助さんのコーナーがあって、右近君やお弟子さんたちが手伝っていたが、さすがに人気役者、早くもたいそうな人ごみで、近づくだけでも一苦労になりそうだから、人々のすきまから素顔のみ見て、女連の扮装の笑三郎さんから『かぶき手帖』を購入する。フリーマーケットでは彌十郎さん、新悟君親子が役者さんのサイン入りのものを売っていた。階段の所に富十郎さんがお嬢さんの愛ちゃんを抱いてにこやかに座っておられた。
次に地下に降りるとさらに大混雑、もう恒例になった團十郎さんのにぎり寿司、海老蔵さんのから揚げ・フライポテトなどはとても近づけない。錦之助さん、隼人君のお店で、限定100名の襲名記念カレンダー付のおにぎりを買って、思わず「襲名おめでとうございます」と挨拶をしてしまった。ご本人から「ありがとうございます」とにこやかにご挨拶を返していただいた。隣は時蔵さん、梅枝君親子。松也君などがいる。梅枝君、松也君も阿波踊りの女連の扮装のままである。松也君は素顔の時より大きく見える。
今度は一階の売店を通って、二階へ。途中仁左衛門さんのところは大混雑で通るのも難渋。だんだん時間も少なくなってきたので、二階は猿弥さんのところから三階へ戻り、俳優祭恒例の歌江さんたちの幕間シアターを観る。京妙さん、蝶十郎さん、歌女之丞さん、そしてとりは歌江さんの出演による歌謡にあわせた一種の舞踊ショーである。いずれも歌舞伎の脇を固める腕の確かな役者さんばかりである。その色っぽさ、型の美しさはこのような狭い空間で観ると、なおさら迫力を持って眼前に迫ってくる感じである。歌江さんは長らく六代目歌右衛門の後見を務めた人で、師匠のみならず過去の名優の声色から形態模写を特意とするから、マツケン並のド派手な衣裳で娘道成寺を巧みに見せたのは、さすがであった。この幕間シアターは飲み物付き。段治郎さん、春猿さんのBARから飲み物をもらい、混雑と人いきれからくる暑さで不足した水分を補うことができた。
模擬店の後は、日本俳優協会再建設立五十周年記念功労者表彰の表彰式。普段裏から舞台を支えている陰の功労者五人の方々である。立役専門の床山さん一名と、女形専門の床山二名、大道具というより附けうちとして知られる芝田さん、狂言作者竹柴正二さんの五人。鈴木治彦氏の軽妙な司会で、緊張している五人の方々の緊張も少しはゆるんで、短いがエピソードも聞くことができた。芝田さんは舞台が終った後役者さんに挨拶に行って、何も言われないとほっとしてうまく行ったと思うと語っていたのが印象的だった。
なお、余談ながら、今回の担当理事である團十郎さんがプログラムに次のような言葉を載せている。「私たちにとっても大切な歌舞伎座が改築されると一部に報道されましたが、できれば改築前にもう一回俳優祭をやらせていただきたいと思っております」。俳優祭は周知のように2〜3年に一度開催される歌舞伎役者を中心としたお祭である。下記の通り平成17年(2005年)11月の正式発表では2年を目処に協議し、約3年掛けて建替えることを近隣周辺と協議中とあった。だから、今年をもって一旦興行を休んで改築準備に入ると見られていたので、今回の俳優祭が現歌舞伎座での最後の開催と思っていた。しかし、最近改築構想の遅延、ないしは延期等の話が一部で流れており(理由はおそらく松竹の収益と建替え資金上の問題であろう)、この團十郎の言葉はそれを裏付けているとも読める。どんな形にせよ、建替えのことも含めて、来年以降の歌舞伎興行がどうなるのか、正式な発表を待ちたいところであるし、またもしそうならば、次回の俳優祭を是非また現歌舞伎座で観たいものである。
歌舞伎座再開発協議開始に関するお知らせ(PDFファイル)