優雅なり雅楽の名推理 戸板康二『松風の記憶』
発売予定の記事を書いていた戸板康二の中村雅楽探偵全集の最終巻『松風の記憶』は、今月30日の発売予定であるが、今日既に東京の大手書店の店頭に並んでいたので、購入した。タイトルの『松風の記憶』と『第三の演出者』の二本の長編が収録されているとともに、戸板氏の中村雅楽に関する多くのエッセイもあわせて収められていて、最終巻に相応しい内容である。なお、全五巻を購入した読者へのプレゼントは、座談会「推理小説について」、幻のミステリデビュー作・1951年版「車引殺人事件」などを収録したオリジナル小冊子とのことである。ただし、応募した場合でも、発送は2008年夏ごろを予定しているそうであるから、気長に待つほかは無い。
しかし、意外だったのは『松風の記憶』が舞踊『鷺娘』をモチーフにしたものだったことで、過去に一度読んだことがあったはずだが、自分の記憶があてにならないことを実感した。それとも年齢のせい?
この全集もこの最終巻の刊行で無事、完結。全集としての完璧さと丁寧な造本・瀟洒な装丁など文庫本としては極上のものになったことは、編者の日下三蔵氏ならびに出版にあたった関係者に謝辞を申し述べたい。
ついでに新刊を漁っていたら、最近ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の新訳(光文社古典新訳文庫)がベストセラーになっている訳者亀山郁夫氏による新書を見つけて、あわせて購入した。
『ドストエフスキー 謎とちから』(文春新書)
新聞の書評にもこの新訳が取り上げられていて、「カラキョウ」という言葉に最初は「?」と戸惑ったが、そういう風に略されるほど『カラマーゾフの兄弟』の新訳が若者に受け入れられているということであろう。
我々の世代では、ドストエフスキーの翻訳は米川正夫の手になるもので読んだ人が多いであろうが、非常に重々しく、また難解な思想的小説を読んでいるような感覚を常に持っていたように思う。しかし、これも優れたロシア文学の翻訳家であった故江川卓による謎とき三部作(新潮選書『謎とき『罪と罰』』『謎とき『白痴』』『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』)を読んだ時、従来のドストエフスキーのイメージはがらっと変わり、彼の作品は様々な仕掛けがほどこされた、重層的な小説で、その仕掛けを理解すれば、まったく異なったドストエフスキー像が現われてくることを知った。
この亀山氏の新書も、新しいドストエフスキー像を提示してくるのでは期待しつつ読み、その後是非とも『カラマーゾフの兄弟』の新訳を読んでみたいものである。