今月も慌しく、三月大歌舞伎も千穐楽にようやく昼の部を観劇したような有様で、夜の部の感想もまだアップすることが出来なかった。以下、『京鹿子娘道成寺』を除き、十六日観劇の夜の部の極々簡単なメモ代わりの感想。
『御存鈴ヶ森』
芝翫の白井権八が、今までに観たことのないような古径な味わいと凄みを感じさせた。最近のこの人は、女形より立ち役の方に得難い風格がある。富十郎の長兵衛は口跡と貫禄で好一対。左團次と彦三郎がほんの僅かの場面で付き合うのは勿体ないくらいである。段四郎の飛脚がいわゆる半道敵でいい味を出している。ヴェテラン勢の活躍で引き締まった舞台に仕上がっていた。
『江戸育お祭佐七』
浄瑠璃「道行旅路の花婿」が入るとのことで一体どのようになるのか興味津々だったが、神田祭の日に鎌倉河岸神酒所でお祭り気分の賑わいのなかで、劇中劇として芸者三人が踊るという趣向であった。その間に菊五郎の佐七と時蔵の芸者小糸がじゃれあっているのも洒落ている。田之助が、このような場を盛り上げるに相応しいお祭りの世話人ぶりだった。
菊五郎は外題の通り、気風といい、そそっかしさという、まさに江戸っ子そのままである。だから、それまで惚れ合っていた小糸を簡単に殺してしまう粗忽さもあり、どこか御所五郎蔵を思わせた佐七だった。時蔵はもう少し芸者の色気が濃く出てもいいと思うが、佐七を一筋に思う性根はしっかりと出ていた。
仁左衛門は鳶頭としての貫目は十分であるとともに、小糸の養母の言葉をそのまま信じてしまう人の良さも感じさせた。團蔵の倉田伴平は、典型的な敵役であるが、やや型通りで平凡な印象を受けた。家橘の養母おてつが、その強欲ぶりで手強い感じをよく出していた。その他萬次郎、右之助、市蔵、亀蔵、歌江など脇役が揃い、見所の多いものだった。このような狂言を当代菊五郎が演じるのは初めてとは意外だった。またの再演を期待したい。