昨日27日に一日のみ開催された
第35回俳優祭、歌舞伎を愛好する方々には是非とも観ていただきたかった、充実していてまた見所と面白さ満載の舞台だった。幸いにして昼夜とも観劇できたので、その様子の一端なりともお伝えできればと思う。まずは順序は逆ながら『灰被姫 シンデレラ』−賑木挽町戯場始の感想から。ただ以下どうしても
ネタバレが多くなることをお断りしておきます。
『灰被姫 シンデレラ』−賑木挽町戯場始
本俳優祭が現歌舞伎座での最後になると思われることから、「この新作のテーマは、歌舞伎座を立派に建て直してほしい、そのために皆が心を一にして、歌舞伎座を愛し支えようという趣旨でございます。それと共に、ご覧頂くお客様に、腹から笑い楽しんで頂けるようにと、出演者一同張り切っております」と演出を担当した團十郎がプログラムで語っている言葉が、この新作のすべてをすべてを言い尽くしている。
明治22年の歌舞伎座開場式をメインにして、そこに西洋童話のシンデレラの物語を絡めた中村京蔵と山崎咲十郎の合作になる脚本。大勢の出演者をそれぞれ見せ場を作ってまとめるのみでも大変なことであったろうが、しっかりとシンデレラ物語と歌舞伎座の歴史を交差させた見事な出来だったと思う。勿論殆ど稽古なしでの本番であろうから突っ込みどころはいくらでもあるが、それを補ってあまりある役者さんたち総出演での熱演に沸き、笑った舞台だったと思う。
前置きが長くなったが、第一幕は歌舞伎座開場式に出かける準備で大童の築ノ小路伯爵家。お国(灰被姫)の継母の勘三郎は正面から登場の眼鏡をかけた着物姿、義理の姉(長女)の福助は、化粧も浜崎あゆみ風の金髪ギャルの作り(これはこういう点には疎いのであるが、矢島美容室という音楽ユニットを真似たようである)、次女の橋之助は腰元の矢絣というアンバランスが笑わせる。「灰被(はいかぶり)!灰被(はいかぶり)!」と呼ばれて登場した玉三郎は、継ぎ当ての粗末な身なりながら、品のある美しさは隠せない。そこで継子いじめの台詞が三人からぽんぽんと次から次へと出るから玉三郎もかなり台詞をかんでいたようである。勘三郎と玉三郎は漫才の突っ込みとボケのような感じで、どこまで本当の台詞か分からないくらいである。それも玉三郎は前回の白雪姫と同様に真面目に演じるからかえって笑いを誘う。お国は自分も木挽町の歌舞伎座開場式へ連れて行ってほしいと願うが、すげなくあしらって三人は出かける。その際クス玉が登場。開いた中から出てきたのは、前日婚約を発表した勘太郎と前田愛の婚約を祝う垂れ幕で、父親の勘三郎へのお祝いである。
残されたお国が嘆き悲しんでいると、花道から左團次の魔法使いの老女(白塗りの顔)が現れて、開場式へ行かせてあげるという。この左團次の役、後でもたびたび登場する狂言回しのおいしい役である。杖は緑色に光るレーザー・スティックになっている。二人の台詞のやりとりで、西洋童話と異なって、ガラスの靴も12時の門限も、かぼちゃの馬車もないことが分かる。さて一体どうなるのかと思っているうちに玉三郎は着替えに引っ込む。
その間若手の鼠たち六人が竹本の「ビビデバビデブー」にあわせて賑やかに踊る。ディズニー映画の『シンデレラ』に出てくる音楽であるからおかしくはないのだが、葵太夫が歌うのであるから少々びっくり。作曲と出演の葵太夫は
ご自身のHPの「つねひごろ」で作曲の苦心を書かれていて興味深く、また読み物としても面白いものになっている。チェロの音楽が流れるうちに重々しくボーイがチェロを運んできた後に登場したのは、○○とあった菊五郎、やはりおくりびとであった!しかし、このおくりびとは、お国を見送るために登場した訳で、菊五郎の本木風おくりびともなかなかインパクトがある。濃い藍色の夜会用正式礼服を身にまとったお国は見違えるばかりの美しさ。魔法使いの老女が最近の通販はいいものを揃えていると言っていたのは?で爆笑。お国は鼠たちの車に乗って颯爽と花道を引っ込んで行く。そして、ボーイたちが歌う歌は、ベートーヴェンの第9番「合唱」!黒のマントを脱いで白いドレスになった左團次の幕切れに注目である。
第二幕は歌舞伎座の開場式の場である。ダンスを踊っているのが魁春と彦三郎の神楽坂公爵夫妻と時蔵と段四郎の六本木男爵夫妻である。いつもと役柄が逆になっているのが笑いを誘う。彦三郎の女形ははじめて観たが怖いくらいである。段四郎の名前が喜熨斗の姓をもじって喜熨子であるのも面白い。秀太郎の浪花小路伯爵が富裕ぶりを見せつけるので、銀子、銅子を色めき立つ。そこへ司会として支配人翫雀(美濃紋太郎)と副支配人亀治郎(白柳徹子)が登場。亀治郎の真似っぷりは徹底していて、たまねぎ頭から顔の作り、話し方、歩き方までそっくりであるから、物真似芸人真っ青の一つの芸である。開場式がはじまり、伊藤博文夫妻(田之助、波乃久里子)、米国前大統領グラント将軍夫妻(仁左衛門、團十郎)、そして北島ノ宮康人殿下(海老蔵)が花道から登場すると大きな拍手がわく。
歌舞伎座座主の福地源一郎(歌六)は白髭のこしらえで挨拶、歌舞伎座が出来上がったのは金主の千葉勝五郎だと持ち上げると菊之助がマイクを奪って、天津木村の詩吟ネタを披露したらしいのだが、内容がよく聞き取れなかったし、昼夜で内容が異なっていたようだ。その後とぼけた田之助の挨拶(梅子夫人(波乃久里子)に「長い!」とたしなめられる)、仁左衛門は「Yes, we can」と一言、團十郎は何故かフランス語で挨拶(これはパリ公演の時に仕込んだものか?)。もっとも夜は少し怪しかったが。で、最後は英語で「カブキザ is change!」海老蔵は乾杯の音頭のはずであるが、まさに北島選手を思わせるようにいきなりサスペンダーを外し、胸をはだけてズボンまで脱ぎそうな勢い。夜は「裸になって何が悪い!誰も止めないのか?」と言っていたようである。
来賓として砂場様と司会が呼んだことから、砂場の出前持ち(扇雀)、銀の塔店員(七之助)、味助店員(彌十郎)、そして喫茶YOU店員(勘太郎と鶴松)、ナイルレストラン店員(亀蔵)が次々と登場する。鶴松君は愛で〜す、勘太郎の婚約者の役であった。ナイルレストランは本物の店主が賛助出演して、お店のPR。その他のお店も歌舞伎座が建て替え中も是非よろしくと一同挨拶して「こんぴら舟舟〜」の演奏に乗ってこんぴら組は引っ込む。
そこへ咲十郎のひく人力車に乗って新橋雀躍楼女将(雀右衛門)が、幇間(友右衛門、芝雀)、半玉、芸者一同(小三山もいる)を連れてお祝いに出てくる。昼は高いところから失礼します、と断ってお祝いの言葉を述べていたが、夜はとちっていた。しかし、久しぶりに元気な姿を見ることが出来たのは何よりであった。昼の半玉と芸者の踊りがバラバラだったのはご愛嬌である。
賑やかに一同が花道へ引っ込んだ後、扇子の落し物があるとの歌舞伎座のアナウンス(声の出演水谷八重子)。左團次(着物姿で歌舞伎座の案内係り風)が客席の真ん中を通って舞台に上がり、ガラスの扇子を二本見せる。これが落し物であり、扇子を見事に使って踊ることが出来た人が落とし主だということになり、まず最初に一本の扇子で福助が踊る。これは衣裳を脱いで踊りだせば、矢島美容室の「SAKURA -ハルヲウタワネバダ-」らしい。福助は、新悟と巳之助をしたがえてノリノリで踊る。客席からは手拍子。ただし、いつのまにか配られた審査員の評価では、久里子が厳しく「0点」!次に踊るのは橋之助。しかし、踊りだしたらすぐに司会者がここまでと止めてしまう。そして登場したのは役者の藪空棒之助(染五郎)。歌舞伎たいそうの「いざやかぶかん!」で、巧みに二枚扇のワザを披露する。亀治郎が絶対落としませんよ、と合いの手を入れてからかっても動ぜず流し目も見せながら、加賀屋狂乱のひとくさり。昼は完璧!夜は残念ながら最後に失敗。インタビューで斎君の六月の金太郎襲名をPR。
午前0時の鐘が鳴っても、落とし主が現れないので、左團次がまた魔法使いの老女になってお国を上手より連れて来る。玉三郎は私には出来ません、と恥ずかしがりながらやがて「鏡獅子」の二枚扇の部分を洋装のままで踊るという珍しい場面になる。二枚扇の使い方はもちろん鮮やかなのであるが、加えて後見に出た咲十郎が操る差し金の扇がひらひらと滑らかに動くトリックもある。見事なお国の踊りに会場は賞賛。海老蔵が素晴らしい!と隣に座っていた田之助の頭を強く叩いたようになって、しきりに謝っていた。笑の渦である。海老蔵はそれまでも楽しそうに仁左衛門と話すなど終始ご機嫌。
ガラスの扇子はお国であると決まったが、お国は私はその資格はないと辞退し、勘三郎の継母はあれは灰被だと言う。そこでこれからがかなりのこじつけで苦笑ものであるが、玉三郎のお国が「いつもお国と呼んでくれない」と何回も言ううちに「出雲のお国」となり、左團次は実は歌舞伎座の守り神の使いであることを明かし、お前が出雲のお国だよという。その間玉三郎は花道にいる。舞台は回って第二場歌舞伎座正面になる。第35回俳優祭に看板もちゃんと立ててある。守り神五人、真ん中に芝翫(八重垣姫)、上手に藤十郎(
河庄の治兵衛坂田藤十郎、ただし夜は羽織を着ていなかった)、幸四郎(寺子屋の松王丸)、下手に富十郎(
連獅子の親獅子の精石橋の獅子の精)、吉右衛門(毛谷村の六助)とそれぞれのこしらえで座っている。歌舞伎座を守ってゆくのは役者の芸が大事、そしてお客様の温かい応援が大事、今後どんな形で歌舞伎座が建て替えられようともみんなが守って行かなくてはならないという役者さんたちの熱い熱いメッセージをそれぞれが伝える。
そして舞台に出演者が勢揃いして、皆で声を合わせて、この先百年、千年、万年とも歌舞伎座を守りましょう、と宣言することで、戦後復興した現歌舞伎座に育てられ、思い入れの強いこの劇場に対する愛情を心から歌い上げることでこの新作は終わりとなった。最後に日本俳優協会会長である芝翫の御礼の挨拶と藤十郎の音頭で手締めをして、第35回の俳優祭は幕を閉じた。
【6月4日】歌舞伎座の守り神が扮した役名を俳優祭特設ページの説明にあわせて、一部修正しました。そのほか若干の手を入れました。