27日(水)に歌舞伎座で開催された富十郎の傘寿記念の矢車会。残念ながら昼の部は観劇できなかったが、夜の部の簡単な感想。
『競べ』
梅玉と魁春兄弟の素踊り。山勢松韻社中の筝曲演奏で踊るこの舞踊、派手さがなく至極あっさりとした印象であった。これは二人の芸風から来ているのかもしれない。ただ、お化粧をしていないと魁春の顔の黒さが目立ってしまい、違和感を感じた。
『お祭り』
福助の芸者をめぐって、染五郎と松緑の二人鳶頭の恋の立て引きという構成になっていた。福助は染五郎の方に気があるのだから、二人でいちゃいちゃするのを松緑が口惜しがるのは、なんとなく五月大歌舞伎の『鴛鴦恋睦言』の三人の関係に似通っていて、役柄とはいえ松緑が気の毒にも感じてしまった。しかし、それは余計な話。福助の艶やかな芸者姿と二人の鳶頭が絡む粋な踊りを楽しんだ。
『連獅子』
富十郎と鷹之資の親子共演のこの連獅子が観たくてチケットを押さえたのだが、期待以上の感銘を受けた。もちろん富十郎が孫とも言っていい長男と連獅子を踊れる喜びに観ているこちらのほうが共感し、感情移入してしまったこともあろう。しかし、鷹之資の狂言師右近後に仔獅子の精は、この日のために十分稽古を重ねてきたであろうことが、その堂々としていて、きびきびした踊りに如実に現れているから、歌舞伎役者の血は争えないな、僅か十歳でここまで踊れるのだとあらためて感嘆し、自然と涙腺が緩んでしまった。
富十郎も、傘寿という年齢で当然ながら往時の体の切れはない。だから今回も鷹之資の成長を見守る親獅子の情愛が色濃く出ている踊りは、本来の連獅子からいえば正統的ではないかもしれない。しかも、毛振りも鷹之資に任せて、それを見守る。おそらくはじまる前は富十郎も一抹の心配はあったであろう。しかし、それは杞憂と思わせる鷹之資の凛々しい仔獅子に安堵する親獅子、本当の親子で踊る連獅子でしか観ることができない感動だった。
僅か一日公演の矢車会であるが、鷹之資は歌舞伎役者として大きく飛躍し、その将来を期待させるに十分な成果を挙げた舞台だった。富十郎の考えた芸の継承は十分その目的を果たしたと言えよう。今後さらに富十郎が元気で少しでも長く舞台を務めながら、鷹之資に自分の芸を伝えてゆけるようなることを歌舞伎界のために祈りたい。
勘三郎と橋之助の宗論もこういう会ならではのご馳走。二人の掛け合いは観客がうきうきしてくるような楽しい間狂言だった。