7日に観劇した『NINAGAWA十二夜』凱旋公演の初日はどうも物足りなくて、感想をまとめるのが気が進まず、28日の千穐楽観劇を迎えてしまった。しかし、幸いなことに千穐楽観劇は十分満足できた。以下、初演と再演を観た目から簡単に感想を書いておきたい。
平成十七年七月の初演時は鏡張りの装置や菊之助の三役など今までの歌舞伎にない新鮮な美しさに魅了されたが、シェイクスピアの台詞の翻訳臭さが残り、また全三幕十八場が若干冗長であったため、再演でさらに整理されることが望まれた。それが二年後の再演で見事に果たされ、長唄や義太夫の使い方がより歌舞伎味を濃くし、場数も台詞も整理された。また菊之助の三役の切り替えがより滑らかになり、歌舞伎の演目として完全に定着化したと高く評価できた。詳しくは
拙HP「六条亭雑記」の観劇記「大いなる小屋」をご参照ください。
その勢いをかって、今年3月に本場ロンドンでの公演を実現し、今回の凱旋公演となった訳である。したがって、本公演は、あくまでロンドン公演ヴァージョンとまず理解すべきであろう。
まず大きな違いは上演時間にある。
初日観劇の記事のとおり、前回公演時に比べて約30分も短縮している。場数も整理・統合されて全二幕十五場となっている。したがって、台詞もかなりカットされていると思う。また第八場の紀州串本・港の場にあった義太夫がなくなり、第二幕第一場の菊之助の踊りも再度振付けなおされていて、より短くなっていた。
以上の点に加えて、初日には新橋演舞場の舞台装置の問題であろうか、舞台転換が円滑でなく、また舞台の作り込みの雑音が演技中にも聴こえていて、観る方が集中する妨げになっていたように思う。さらに役者も手馴れた役とはいえ、初日ゆえの固さとアンサンブルの不足が目に付いて、どこかゆるい印象を受けた。
しかし、さすがに千穐楽は違っていた。たしかに歌舞伎味はいささか後退しているものの、テンポアップしており、もつれた恋の糸を主筋とし、坊太夫いじめの脇筋がうまく絡み合い、だれることなく一気に大詰めまで楽しむことが出来た。黒御簾の演奏が増えるとともに、ハープやヴァイオリンソナタの音量は比較的抑え目になっていた。
菊之助の三役は、とくに主膳之助がより凛々しくなっていて、琵琶姫と獅子丸の男女の自然な切り替えもあり、三役の演じ分けがさらにくっきりとしていた。菊五郎の二役はどちらも見事であるが、本来の歌舞伎にはない道化役の捨助にこの人の藝の懐の深さを見る思いであった。時蔵の織笛姫は、今回赤姫の衣裳に黒の紗を羽織っているという違いもさることながら、この十二夜という戯曲の構造上一方の主役であることを明確に打ち出したものになっていたのは大きな変化であった。時蔵は品格といい、巧まざるユーモアといい、この役をぴったりである。錦之助も恋に懊悩しながらも格の高さを見せた貴公子振りであった。
左團次、亀治郎、翫雀、團蔵のコミック・チーム(と私は勝手に名づけているが)も、快調。女形の常識を覆した亀治郎の麻阿はさらにパワーアップしており、右の口元のほくろや舞台前に座って見得を切るところは今回の変化。楽日は坊太夫を竹刀でうつところでパンチを振るってもいた。左團次は楽日に「サドマゾ大好き、ろうそくたらーり、たらり」などとアドリブで周りを笑わせていた。翫雀も英国テイストの英竹で、楽日は思い切りハッスルしていた。
カーテンコールは二回あったが、観客の拍手は終わることなく、場内アナウンスがあっても帰る観客も少なく、やがて菊之助一人が盛大な拍手に迎えられて三回目の登場(どうも帯を押さえていたようであるから、予定外だったようだ)で、満員の観客に深々とお辞儀をして幕を閉じた。
個人的には再演ヴァージョンがもっとも歌舞伎とシェイクスピアを巧みに融合したものとして高く評価することには変わりはないが、今回の言わばロンドン公演ヴァージョンも『十二夜』の面白さを簡潔に翻案したものとして称えられるであろう。