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評価:
佐伯 泰英
岩波書店
¥ 1,575
(2012-06-21)
Amazonランキング:
1207位
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書時代小説文庫き下ろしの雄佐伯泰英が書いた初エッセイ!しかも著者が驚くように岩波書店から、しかもハードカバーでの出版である。
この『惜櫟荘だより』は岩波書店のPR誌『図書』で2年にわたり連載されていてその時も愛読していたが、 こうして一書にまとめられて読むととりわけ面白く、趣きがある。著者の語り口は淡々としていながら、滋味漂うものがある。
時代小説文庫書き下ろしという出版形態は既存の文庫の概念をくつがえすものであるが、佐伯泰英も当初は一発勝負にかけたようであるが、2000年前後から次第に人気が高まり、「月刊佐伯」と揶揄されるような量産ぶりであった。「密名」、「居眠り磐音」、「古着屋総兵衛」シリーズを断片的に読んでいるのみであり、私は著者のよき読者とはいえない。その佐伯泰英のエッセイを取り上げて読んだのも、ひとえにこの「惜櫟荘」が岩波文庫を創刊した岩波茂雄の別荘だったからである。
著者はある程度仕事が軌道に乗ると熱海に仕事場の地を求め、しかもそれが岩波書店の創業者岩波茂雄が名建築家吉田五十八(第四期歌舞伎座も設計)に設計させた「惜櫟荘」の隣地であった奇縁からこの物語ははじまる。やがてその「惜櫟荘」が事情があって岩波家の手から離れることを聞いた著者はなんとその地を購入し、さらには「惜櫟荘」の保存のために解体、完全修復に動く。本書はそれが見事に修復なるまでの物語である。
近代数奇屋造りの提唱者の吉田五十八の独創的で、しかも日本建築の美を徹底的に追求した技の修復の困難をつぶさに語りつつ、著者が若きころ闘牛をテーマとする写真家兼ライターとしてスペインに在住していた70年代の堀田善衛や永川玲二(ジョイスの翻訳がある英文学者)、詩人の田村隆一らとの交流をまじえていて、あたかも著者の半自叙伝とも読める。とりわけ堀田善衛の知られざる一面も語られていて興味は尽きない。
また俳優の児玉清との著書を通じての交わりも胸をうつものがある。
本書の帯にあるように本書はまさに「文庫が建て、文庫が守った惜櫟荘が主人公の物語です」。しかし、このようなある意味では歴史的建築の修復と継承保存が一個人で行うことの問題点も提起している。
『惜櫟荘だより』は、いずれ『図書』で『惜櫟荘の四季』と題して続編が掲載される予定のようであるから、楽しみに待ちたい。