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評価:
渡辺 保
角川学芸出版
¥ 1,050
(2012-10-25)
Amazonランキング:
5744位
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辛口の歌舞伎劇評で知られる渡辺保の『歌舞伎手帖』が、文庫収録のために大幅に加筆訂正され、増補版として角川ソフィア文庫からあらたに刊行されました。本書の初版は駸々堂を出版元として1982年7月に刊行以来版を重ねましたが、駸々堂が倒産してしまったため、2001年1月に講談社から『新版 歌舞伎手帖』として刊行されてきました。今回ははじめての文庫化、増補版としての刊行です。
永年の歌舞伎観劇体験と豊富な知識に裏打ちされた渡辺氏の鋭く歯切れの良い劇評や各種著作には私も敬意を払うことに吝かではありませんが、個人的には必ずしも良い読者とは言えません。これは言わば相性の問題でしょうし、私がただの歌舞伎愛好者であって、渡辺氏の評論を咀嚼して理解できる能力に不足しているためでしょう。
そのなかで、この『歌舞伎手帖』は大変お世話になっている貴重な著作です。今日比較的上演頻度が高い演目のみならず、「ほとんど上演されなくとも、作品として面白く、上演されることが望ましいものは極力加えることにした」(本書凡例より)結果、三百十作品が演目として収録されています。そして各演目について、文庫の見開き二頁に一演目を収める体裁をとっていて、そのなかに「物語」「みどころ」「成立」「初演・作者」「芸談」「蛇足」等簡潔でありながら中身の濃い解説が施されているのが類書にない本書の特色です。
従来の新書版を文庫化したため、見開きの各頁に二行あまり余白が出来たことから、「各頁大幅に加筆訂正」されたとのことです(文庫版あとがきより)。
例えば今上演中の顔見世大歌舞伎の演目中『文七元結』では、「成立」の箇所で「たとえば初演には長兵衛の花道の出があったのを、六代目は暗くなった舞台にスーッと下手から出るように演出した」と加筆されていて、現行の演出が六代目菊五郎のものであることがはっきりと分かります。また明治座花形歌舞伎で上演中の『天竺徳兵衛』では同じく「成立」の箇所で「二代目猿翁(当時猿之助)が南北の台本から、その全体を復活上演して大ヒット、今までの「天竺徳兵衛」とは違う物語としての面白さを見せた」とあり、現行の澤瀉屋の復活上演に触れた加筆が行われています。
本書は観劇前にその演目の解説を読むだけで、演目のポイントが理解できる優れた歌舞伎の演目解説辞典になっていますので、初心者の方から歌舞伎愛好家の方まで広くお薦めできるものだと思います。ただ、惜しむらくは今年国立劇場で上演された『絵本合法衢』『塩原多助一代記』などの演目解説が収録されていません。新たな演目を追加してさらなる増補版の刊行を望んでやみません。