猿之助が三代目が選んだ四十八撰からの人気通し狂言に挑む二ヶ月連続奮闘公演。まず観劇順序とは異なるが、7日に観劇した夜の部の感想から。
外題に因んで四幕五十三場、幕間も入れて上演時間約五時間はある意味忍耐のいる観劇である。しかし、澤瀉屋のDNAを受け継いだ猿之助のサービス精神はこの長丁場に一点の緩みもなく横溢し、文字通り舞台全体と花道を疾走する。そして次は何が出てくるのか?とワクワクさせる。海底での立ち回り(クレーンに乗って客席まで飛び出してくる)、岡崎の化け猫と宙乗り、そして本水を使った立ち回り、十八役早替わりなどとケレンのオンパレードである。しかし、ただのケレンには終わらず、観客を飽きさせず、最後まで楽しませたのは、ただ感嘆あるのみである。
舞台装置の転換や早替わりで裏方はさぞや目の回るような慌ただしさだと思うが、開幕五日目にして観ている方にそれほどストレスを感じさせない円滑な流れだったと思う。実は大詰の「写書東驛路」を除くと早替わりは売物の十八役の内七役に過ぎない。
序幕はやや説明に流れて平板になるのはやむを得ないだろう。また立役ばかりで変わり映えしないのもその一因。だが、幕開きに芝居前として猿之助本人が役者澤瀉屋として登場して劇中口上を述べるのはご愛嬌である。第二幕で傾城上がりの娘が登場して、米吉、隼人が絡む辺りから俄然面白くなった。崩れた色気が猿之助の女形ならではの味わいである。
早替わりは事前の予想が外れ、大喜利「写書東驛路」で驚くべきことに十二役早替わりで踊り分ける。しかも元々女形で出発して襲名とともに立役に比重を移した人だから、女形の踊りが上手く、綺麗である。それが立役の踊りに活きて切れの良さにつながる。
歌舞伎演目のパロディ満載であるから、思わずニヤッとする場面も多い。歌舞伎を好きな方にはぜひご覧いただきたい。浄瑠璃ではとくに「お染の七役」を知っているとより楽しめるが、その他は役名をよく見ておくことをお勧めしたい。
共演陣は勿体無いほどの充実ぶりで、猿之助の独り芝居になっていないことも特筆したい。澤瀉屋一門では笑也が得意にしている役で光り、猿弥が達者。門之助、亀鶴も好助演。竹三郎は出番は少ないものの、さすがに主役を引き立てる大きさがある。米吉、隼人の若手二人も健闘。とくに米吉は先月のへ秀山祭に続き昼夜ともに大役。現時点では時代物より世話物の方が優れているが、将来どこまで伸びるか楽しみである。
スーパー歌舞伎?を担当した原田保氏の照明は歌舞伎としては斬新だが、時として過剰で観る側にはうるさく感じる部分もあったことも付け加えておきたい。夜はとくにパワーアップしていて宙乗りの時は光線が乱舞しているような印象で、目にチカチカしたのは再検討してもらいたい。
たしかに舞台効果を際立たせている部分もあるとは思うが、そのために歌舞伎の持っている陰翳の美しさに欠ける結果になっていて、チープにも見える。
「市川猿之助奮闘連続公演」開幕 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
四十八撰の通し狂言の原点に立ち返っての復活・再創造となった今回の上演は、三代目の志を引き継いでい四代目猿之助の色を出すようにして、大成功だと思う。観客席も大喜びであったから、この演目を四代目のものとして定着させるためにも昭明の部分についてはぜひ手直しを希望したい。