徒然なる日々の条々を、六条亭が日記風に綴ります。本屋「六条亭雑記」もよろしく。
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

【2018. 08. 18 (土)】 author : スポンサードリンク
| - | - | - |
チャールトン・ヘストン氏死去
アメリカを代表する映画スター、チャールトン・ヘストン氏死去の報道がされた。享年84歳。

訃報:米俳優チャールトン・ヘストンさん死去(毎日JPより)

チャールトン・ヘストンと言えば、『十戒』や『ベンハー』などの大作の歴史劇で圧倒された懐かしい俳優である。その彫りの深い顔立ちは、歴史劇にぴったりだった。SFの『猿の惑星』も忘れられない。あの自分が不時着した猿の支配する惑星が実は地球の未来であったというラストシーンも衝撃的だった。

合掌。

JUGEMテーマ:映画
【2008. 04. 06 (日)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』続編制作決定
デイリー・スポーツ記事

日刊スポーツ記事

先日観て感動したあの映画が、あまりの人気に続編の制作が決定したとの発表があった。前作の東京タワーに代わり、今回は高速道路がかかっていない日本橋がシンボルになるようだ。来年11月公開を予定しているようだから、今からその出来上がりが楽しみである。
【2006. 11. 20 (月)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のDVDを観る
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』

先日の『蝉しぐれ』に続いて、レンタルでようやく観ることができた。昭和三十年代の春夏秋冬の懐かしい風景に期待以上に心踊り、東京下町の人情に何度も笑い、泣かされた映画だった。高度成長直前の昭和三十三年、集団就職(この言葉自体が死語となっている)で青森から上京して上野駅に着いた六子(堀北真希)が連れて行かれたところは、想像していたのとはまったく違った下町の自動車修理工場だったという出だしから、3D合成による当時の風俗の忠実な再現に、ああ!そうだった、こうだったと画面に見入ってしまった。当時東京タワーは建設中、都電や当時の車が多く走り、乗せられた車はダイハツ・ミゼット。

テレビを買った鈴木家に町中の人がプロレス中継を見に訪れ、力道山の空手チョップに一喜一憂する。暑い夏には氷屋から氷を配達してもらっていた氷の冷蔵庫が、電気冷蔵庫にとって替わられる。井戸、サイダー、風鈴、金魚売などの夏の風物詩もあちらこちらに映る。子どもたちは、毎日のように駄菓子屋に出入し、野球の真似事をし、フラフープを回し、模型飛行機を飛ばす。富山の薬売りが一年に一回廻って来て、使った薬の補充をして行く。風邪や腹痛で寝込むと、医者が往診してくれるが、太い大きな注射器で痛い注射をされるのが怖い。クリスマスには本当にサンタが贈り物を持ってきてくれると信じていたこと等々…。

当時主人公の子どもたちの数年上の年齢だった自分もすべて実生活で経験したことばかりである。家庭にはじめてテレビや冷蔵庫など三種の神器が入った時の感激と興奮は、今のように便利な物が何でもすぐ手に入る時代に育った年代層にはおそらく理解してもらえないであろう、何かワクワクとした夢に溢れていた時代だった。そんな懐かしさに浸ることができるのみならず、鈴木家(堤真一と薬師丸ひろ子の夫婦役)、売れない作家茶川竜之介(吉岡秀隆)と飲み屋の女将ヒロミ(小雪)、そして子どもたちを中心にくりひろげる人情劇は、お隣さん同士がお互いに労わりあいながら暮らしていた、貧しいながらも優しく楽しい時代だったことを思い出させ、何度もほろっとさせた。この映画は12月1日(金)に日本テレビ系列で早くも放送されるようであるが、録画して何度も観てしまいそうである。
【2006. 11. 03 (金)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『蝉しぐれ』を観る
藤沢周平原作の映画化を唯一許されていた黒土三男の脚本・監督による染五郎主演の映画『蝉しぐれ』をようやくDVDで観る事ができた。原作は藤沢周平の代表作とも言える作品で、海坂藩ものであることは他の作品と同じでも、逆境に負けず懸命に生きる主人公牧文四郎の青春と恋を中心にした成長の物語が清々しい感動を呼ぶ。

この映画は四季折々の自然を美しく見せながら、文四郎とふくの淡い恋物語と父の悲惨な死を描く前半が原作にかなり忠実で秀逸である。文四郎とふくを演じた新人の石田卓也、佐津川愛美がとても初々しく、また瑞々しい。お家騒動に巻き込まれて切腹させられた父の遺骸一人で引き取り、大八車で運ぶところは、勾配が急な坂道を登りきれずに難渋している時にふくが駆けつけて、後を押すところは涙なくしては見ることが出来ない。

ふくが江戸に去ってからの文四郎は苦難連続だったが、剣の鍛錬乗り切る。やがて旧禄への復帰とともに、殿様の愛妾となって子をなしたふくをめぐる危難にいやおうなく巻き込まれる。青年になってからは染五郎が演じている。前半の少年時代が丁寧に描かれている分、後半の文四郎の成長ぶりがやや駆け足になっていて、そのままふくの救出劇と激しい殺陣のシーンに進んでいるのは惜しい。

無事騒動が決着して、仏門のはいるふくと文四郎の別離が哀切である。木村佳乃のふくの、自分の本当に好きだったのは文四郎だったことをさりげなく、それでいて心の底から吐露している姿は、清冽な美しさである。染五郎は主人公にはぴったりのはまり役であるが、文四郎を思う存分演じるのはいささか出番が足りなかった思う。しかし、全体としては藤沢周平作品の雰囲気をよく伝えた心洗われる時代劇であった。
【2006. 10. 29 (日)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
東映時代劇の黄金時代
俳優の津川雅彦がはじめて映画監督としてメガホンをとった『寝ずの番』がなかなか評判を呼んでいるようだが、まだ実際の映画を見る機会がもてないでいる。しかし、ここで関心を引かれたのがマキノ雅彦として監督し、マキノ省三からはじまる映画監督一家の名前を復活させていることである。

もちろん自分の世代で知っているのはその甥に当たるマキノ雅弘監督であり、東映時代劇の黄金時代をになう職人的で早撮りの名人だった。同じように主要な作品を撮った松田定次監督もたしか親戚だったはずである。だから、マキノ雅彦監督も是非次回は時代劇を、と期待してしまうが、はたしてそれがかなうかどうかは分からない。

思い出してみると、まだテレビのない時代の昭和30年前後の子供の楽しみは、まずラジオ・ドラマであり、次に映画だった。そのきっかけとなった最大のヒット作は、北村寿夫『新諸国物語 笛吹童子』とその続編の『紅孔雀』である(さらにもう一つ続編があったようだが、これはあまり記憶がない)。

NHKのラジオドラマの音楽は今でもはっきりと覚えているほど熱心に聴いたから、これを東映で映画化した時は、親にねだって連れて行ってもらった。この映画が大ヒットして、中村(後の萬屋)錦之助、東千代之助が二枚看板のスターとなり、さらに大友柳太朗、月形龍之助が脚光をあびる。さらに遠山の金さんの片岡千恵蔵、旗本退屈男の市川右太衛門という大物の主役がいたから、以降東映時代劇は隆盛を極める。

男性スターは、もう一人大川橋蔵という人気俳優が続き、また女優陣も高千穂ひずる、千原しのぶ、大川恵子、桜町弘子などが出て、華やかだった。美空ひばりの主演映画もあり、恐らく多くの代表作品を映画館で観ていたに違いない。大友柳太朗の丹下左膳、月形龍之助の水戸黄門シリーズもそれらの一つである。

何故歌舞伎好きになったかは、また追々書くとして、その下地の一部にこれら全盛期の東映時代劇があることは言えそうである。
【2006. 05. 10 (水)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(6) | trackbacks(0) |
巨匠ロバート・ワイズ監督死去
1960年代に『ウエストサイド物語』と『サウンド・オブ・ミュージック』の2本の傑作ミュージカル映画を監督した巨匠ロバート・ワイズ氏が死去した。91歳だった。心から冥福をお祈りしたい。

高校から大学時代にかけて、映画に熱中した頃に出合ったこの2本の映画の印象は強烈だった。両方とも今までビデオも含めて、何度観たか分からない。それまでもミュージカル映画は観ていたが、この2本で完全にはまってしまった。とくに『ウエストサイド物語』を最初に観た時は、あの冒頭のニューヨーク高層ビル街の俯瞰映像から、カメラが急降下して下町の公園の若者たちになり、それからG・チャキリスを中心とする街中でのダイナミックなダンスシーンには、度肝を抜かれたものである。心に残るような名曲(作曲家が、あの世界的な指揮者L・バーンスタインであることなどは当時は知る由も無かった)とダンスシーンの連続に興奮しっぱなしであった。もちろん、シェイクスピアの『ロメオとジュリエット』の現代版という設定がうまく出来ていた舞台があればこそであったろうが、それを見事に映像化したワイズ監督の手腕なくしては、後世に残るこの傑作ミュージカル映画は出来なかったであろう。

『サウンド・オブ・ミュージック』も、映画ならではの特性を活かし、ザルツブルクの美しい自然を背景に、J・アンドリュースの爽やかで澄んだ歌声がふんだんに聴ける心暖まる家族愛のミュージカルに仕上がっていた。

この2本の映画は、自分が後にクラシック音楽やオペラにのめりこんで行く下地を作ったことは間違いないと思う。もちろん、最近は歌舞伎観劇ばかりになってしまって国内のミュージカルですら観ていないのだが、一度本場ブロードウエイのミュージカルの舞台も観たい夢は持っている。いつ果せるのやら、分からないが…。
【2005. 09. 16 (金)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『SHINOBI』
今月17日から公開される映画『SHINOBI』の試写会では、こんなことがあったらしい。この映画の主題歌を歌っていれば別に不思議ではないだろうが、試写会までわざわざ登場して激励するのは珍しいのでは!?

ただ、主演の仲間由紀恵とオダギリジョウ、そして主題歌を歌う浜崎あゆみが注目されるのは当然の映画であるが、個人的な関心で言えば、山田風太郎の忍法帖シリーズの一つ『甲賀忍法帖』を原作としている点である。甲賀と伊賀の忍者が相打つ闘いのなかで二人の恋はどうなるか?風太郎忍法帖の映画化は至難のワザであろうが、どこまで原作に近づくような映像になるか、大いなる関心を持って観てみたい。

なお、忍法帖シリーズではないが、山田風太郎の『エドの舞踏会』(筑摩書房)を読み終えつつある。山本権兵衛が狂言回しとなって、明治の高官の妻たちの意外な鹿鳴館物語が展開するこの小説は、大変面白いので明日にでも感想を書きたい。
【2005. 09. 07 (水)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(2) | trackbacks(0) |
映画『スターウォーズ3』を観る
夏休みの二日目。意外に早起きしたので、銀座まで出かけて待望の『スターウォーズ エピソード3』を鑑賞。第1作のエピソード4から、公開ごとに映画館に通い、テレビでの放映も何回も観たシリーズ。20数年を経て、この6作目のシリーズ完結編を観ることが出来るとは、感慨無量である。だから最初のテーマミュージックからワクワクして、画面に惹き付けられているうちにあっという間に終わってしまった。もっと観ていたという気を起こさせたが、とにかくもう大満足。

その勢いで、そのまま歌舞伎座の一幕見に行くという自分でも訳の分からないような支離滅裂な行動を取る(^^ゞ。しかし、12時20分頃着いたら、お目当ての第一部『雨乞狐』などは、惜しくも満員札止めで入場かなわず。そこで方針変更して、第二部の『伊勢音頭恋寝刃』に並ぶ。待っている間、いやに蒸し暑いと思ったら、第一部の終演間際に激しい俄か雨が降ってきた。きっと勘太郎の狐の雨乞いの念力が強かったためであろう。『伊勢音頭恋寝刃』の感想は後日。

さて肝心の『スターウォーズ エピソード3』は、とにかくエピソード4につながるのだから、粗筋は分かっていたが、これほど面白いとは思わなかった。アナキンがどうしてダース・ベーダーになったのか?という疑問は愛するパドメのためであり、パルパティーン議長が実はシスの親玉で、皇帝だったとは驚きの展開だった。以前からあの皇帝の正体は謎に包まれていたから、この3ですっきりと解消された。

ライトセイバーを使ったオビ=ワン対アナキン、皇帝対ヨーダの戦いを交互に見せるのも手に汗握る。そして、傷ついたアナキンのダース・ベーダーとしての再生とパドメが命を落としながらも双子のルークとレイアを産むシーンが、これまた交互に映るのも不覚にも涙しそうになるほど感動的だった。
【2005. 08. 23 (火)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(2) | trackbacks(0) |
三島由紀夫の幻の映画『憂國』のフィルム発見
三島由紀夫の幻の映画『憂國』のフィルム発見のニュース

1970年に三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊に乱入して、割腹自殺した事件は当時大変衝撃を受けた記憶が今でも鮮明である。三島文学の良き読者ではなかったとは思うが、煌めくように多彩な小説や戯曲群を読むたびに、いくらか人工的な匂いを感じつつもその溢れんばかりの才知に驚嘆したものである。『金閣寺』『潮騒』『サド侯爵夫人』などは愛読書と言える。

輪廻転生を主題とする長編を書くことを早くから語っていた『豊饒の海』四部作構想も、その通り実現して『春の雪』『奔馬』と書き続けられ、既に第三作目の『暁の寺』の刊行にまで至り、最終巻の『天人五衰』の完結を待つばかりだったから、一体何故?との思いが強かった。自決前に書かれていた『天人五衰』の最終稿により、幸いこの四部作は完結したが、尻切れトンボの印象は拭えず、この稀有な才能を持った作家が自らの作家人生を捨ててまで、死を賭して何を訴えようとしたかは今もって十分に理解できていない。未発表・単行本未収録の作品などを収めた決定版三島由紀夫全集(新潮社)を丹念に読めば、少しはその一端が分かるのであろうが、今はその時間がない。

今回発見された映画『憂國』は、当時大学生で時間も有り余っていたから、たしか観たはずである。自作の短編を本人自ら制作・主演し、科白もなくただ一人の軍人が自決するさまを描いていて、何とも言えず不気味だった印象が残っている。焼却されたと言われていたこのフイルムが幸い残っていて映像化されることは、自決の謎を解く一つの鍵になるかもしれない。ただ、あれをもう一度観たいかと問われると、正直首をひねってしまうが…。

たまたまと言おうか、『春の雪』が映画化されて、この秋に公開される。
【2005. 08. 19 (金)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『亡国のイージス』を観る
最近は毎月歌舞伎に通うカブキチになってしまったが、夏はやはり観たい映画が多いうえ、涼しい映画館でゆっくりと映画鑑賞するのも悪くない。

ましてや、愛読する福井晴敏の代表作が、真田広之などの渋い男優たちで映画化されれば、いやでも観ない訳にはいかない。と言うことで、今日はようやく映画『亡国のイージス』を観てきた。

素晴らしい小説ほどその映画化は難しいと言われる。また、原作と映画は別物と考えた方がいいともよく言われる。この映画も最初観始めたときは、小説の冒頭部分が随分端折られていて、大分原作と違うなと思ったが、物語がイージス艦「いそかぜ」の反乱が明らかとなって、日本国家と対立するあたりから俄然面白くなった。自衛隊の全面協力を得たイージス艦の迫力は、映像ならではであった。

主役の先任伍長仙石役の真田広之が、原作より若いイメージはするものの、アクションシーンの連続はさすがであり、その熱い演技は彼を置いては他にいない適役。加えて、寺尾聡の宮津副長の抑制された渋さ、中井貴一の某国工作員の非情さ、DAIS内事本部長の佐藤浩市の国を思う秘めた情熱など、主役四人の男優の演技は見応えがあった。若い主役の如月行役の勝地涼がやや荷が重いようだったが、新鮮な演技で好感を持てた。他に原田芳雄や岸辺一徳など脇役も揃い、派手なアクションシーンのみではなく、平和とは何か?国を守るとは何か?という重い主題もしっかりと描かれていて、上質のエンターテイメントになっていた。

ただ、やはり映画の感動と小説は違う。この映画を観た人は是非原作を読んで欲しい。より深い感動が得られると思うから。
【2005. 08. 17 (水)】 author : 六条亭
| 映画 | comments(2) | trackbacks(0) |
FLASH時計



PageRank Powered by SEO Stats





  和樂 毎月12日発売

BlogPeople

BlogPeople検索


歌舞伎ブログ にほんブログ村 演劇ブログ 歌舞伎へ

qrcode